UCバークレーの大物教授

 幸運にも、私のスポンサー・プロフェッサーになってくれたのは、世界的に有名なデビッド J.ティース教授(*1)であった。彼は、ナレッジ・マネジメントで世界的に有名な野中郁次郎先生の昔からの親友で、私は野中先生から彼を紹介していただいたのだ。

 初めて会ったとき、ティース教授は日本にそれほど関心を持っていなかった。だから、日本人でティース教授に会った人は少ないのではないだろうか。

 彼もまた、近年の米国経営学会の理論なき実証主義的傾向に批判的であった。ビッグ・アイデアのない単なる相関仮説の実証をめぐる議論は時間の無駄だとさえ言っていた。

 このティース教授が師として仰いでいるのは、2009年にノーベル経済学賞を受賞したオリバー E.ウィリアムソン教授であり、現在、UCバークレーの名誉教授である。彼が展開した取引コスト経済学は、もちろん日本でも有名である。また、オープン・イノベーションの提唱者として日本でも知られているヘンリー W.チェスブロー教授は、ティース教授の弟子であり、ティース教授に呼ばれてハーバード大学からバークレーに戻ってきたのである。

 師が展開した「取引コスト理論」と弟子が展開する「オープン・イノベーション」に対し、ティース教授が展開している「ダイナミック・ケイパビリティ論」は日本で十分知られてない。しかし、ティース教授と弟子たちとの共著によるダイナミック・ケイパビリティに関する論文は、1995年から2005年の間にいわゆる学会誌で最も引用されている。引用数は、ノーベル賞受賞者のウイリアムソンを超えたと、バークレーでも話題になっていた。ティース教授のダイナミック・ケイパビリティ論は、今日、世界で最も注目されるコンセプトということもできる。

 近年は、日本の研究者たちがダイナミック・ケイパビリティ論に注目するようになってきた。しかし、産業界ではほとんど注目されていない。日本産業にこそいま必要なコンセプトなのに残念である。

 なぜ、いま必要なのか。本連載では、ダイナミック・ケイパビリティの解説とともに、その理由を説明したい。


* カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクール(アメリカ)のトーマス W. タッシャー教授。この職位の下、グローバル経営を担当。同校のタッシャ-・センター長を務める。企業理論、戦略経営論、技術変化の経済学、ナレッジ・マネジメント、技術移転、反トラスト経済学、およびイノベーションの大家として知られる。著書に『ダイナミック・ケイパビリティ戦略』(ダイヤモンド社)など多数。