ダイナミック・ケイパビリティ論の
三つの源泉

 日本の研究者たちがダイナミック・ケイパビリティ論に関心を寄せていると述べたが、一方で、その内容が非常にわかりにくいという声を聞く。もっともな指摘であり、このコンセプトにはいまだ白黒はっきりしていない部分が多く、未完成なのである。

 そもそも日本語訳が共有されにくい。ダイナミック・ケイパビリティをあえて日本語に訳せば「変化対応的な自己変革能力」、つまり環境の変化に対応して既存の資産、資源、知識などを再構成し、相互に組み合わせて持続的な競争優位をつくり上げる能力、となる。必要とあれば、他企業の資産や知識も巻き込んでオーケストラのように構成する能力でもある。

 複雑なようで大雑把、斬新なようであり既知の概念も含まれる。とにかく、これだけではよくわからない。そこで、まずは現状整理から始めたい。

 ダイナミック・ケイパビリティ論は、以下の三つの研究分野から登場し、今日、各分野で多くの研究者たちによって議論されている。

経営戦略論の流れ
多国籍企業論(国際経営論)の流れ
垂直的統合論(企業境界論)の流れ

 これら三つの流れは独立しているわけではなく、相互に密接に関係している。これらを通して、多面的にダイナミック・ケイパビリティ論を分析してみると、その内容は、より明確になる。

 経営戦略の流れでは、マイケル E.ポーターの競争戦略論から資源ベース理論へ続き、その延長線上の最新コンセプトがダイナミック・ケイパビリティ論となる。今日、経営戦略論の研究者のほとんどが、このダイナミック・ケイパビリティ論について研究しているといってよいだろう。

 次に、多国籍企業論の流れを見てみよう。これまで企業の多国籍化という問題をめぐって多くの議論が展開されてきた。ステフン M.ハイマーの議論から始まり、内部化理論が展開され、さらに最近では資源ベース理論あるいは知識ベース理論に基づく多国籍化論も展開されている。

 しかしティース教授によると、これらは企業が多国籍化するまでのプロセスの議論であって、その後企業がどのように成長していくのかという国際経営の問題については述べていないという。今日、多くの企業はすでに多国籍化を終えており、それゆえ海外拠点でどのようにして競争優位を獲得し成長するかというマネジメントの問題が多国籍企業にとっての最重点課題なのであり、これを問うのがダイナミック・ケイパビリティ論なのである。

 最後の、企業の垂直的統合問題はどうか。技術的な生産効率性を高めるために部品メーカーと完成品メーカーが垂直的に統合するというの通説に対し、ウィリアムソン教授が反論し、企業間で発生する取引コストを節約するために垂直的な統合が起こることを説明した。これに対し、ティース教授は取引コストとは別に、企業間に必要なケイパビリティ(能力)がない場合も企業間で垂直的統合が発生し、必要ならば既存の能力・資源を利用して新しい市場を創造しなければならないと主張した。そしてこのような能力こそが、ダイナミック・ケイパビリティだというのである。

 今日、これら三つの流れの最先端にダイナミック・ケイパビリティ論が位置している。経営戦略論、多国籍企業論、そしてマーケティングなどの研究者たちが、この概念に注目している理由がおわかりいただけたであろう。

日本企業とダイナミック・ケイパビリティ論

 リーマンショック以降、一時、極端な円高となり多くの日本企業が海外を志向し、日本国内の人事労務関係はずたずたになった。このような状況で、いかにして日本企業は再生できるのか。

 アベノミクスによる急速な円安、株価上昇、そして事業マインドも上向きになってきた。ではこれから日本企業は何を志向するのか。

 これらについて、ダイナミック・ケイパビリティは多くの示唆に富んでいる。たとえば、急速な環境変化に悩まされる日本企業の戦略構築は、経営戦略論の流れからダイナミック・ケイパビリティを必要とする。あるいは多国籍企業論の流れからも、海外進出先で激しい環境の変化に悩まされている日本企業にとってダイナミック・ケイパビリティがいかに重要であるかを説明できる。さらに、垂直的統合戦略の流れからも、流通企業は新たな視野が開けるはずだ。

 加えて、ダイナミック・ケイパビリティ論をめぐって指摘されている問題点についても説明しなければなるまい。現在、ティース教授の頭を悩ませている深刻な問題とは何か、それは解決できるのか。次回以降、説明していきたい。