倫理に関する“第一級の観察者”となるには

 組織の危機やチャンスを察知して行動を起こす人間と、そうでない人間がいるのはなぜなのか。私は過去10年間、それを研究してきた。リーダーが倫理にもとる振る舞いに気づけないという問題は、私の重要な研究領域である。頭がよく品行方正な経営者が、最終的に自社を危険にさらすことになる不正に気づかない、あるいは見て見ぬふりをするのはなぜなのか。私は2005年にある出来事に遭遇し、個人的に大いに学ぶところがあった。それは後になって倫理違反だったとわかったのだが、当初私は、自分の持つ知識や経験、教育、価値観に照らして何らかの行動を起こすということをしなかった。

 当時私は、たばこ業界に対するある重要な訴訟で、米国司法省のために専門家証人となることを承諾していた。被告(たばこ業界)が喫煙のリスクに関して世間を欺くさまざまな不正を策謀したとして有罪になった場合、その是正措置を提案することが私の仕事だった。作成した証言書の中で、私はたばこ業界の大幅な変革を強く要請し、たばこ企業に対して組織再編や経営陣解任の権限を持つ、外部監督者の任命も盛り込んでいた。

 しかし、法廷証言の4日前になって、同省法務チームの一人が証言書の修正を依頼してきた。(彼が私の前で読み上げた)4つの状況の下では、推奨事項の多くが適切ではなくなると追記するように求めてきたのだ。私には彼の修正案を評価する法的知識はなかったが、それによって私の証言が弱まるということはわかった。なぜ修正しなければならないのかを尋ねると、さもなくば法務省の上層部は私が証言することを認めないおそれがあり、そうなれば税金で賄われる200時間以上もの作業が無駄になるという。私は自分の意見を変えるつもりはないことを告げ、5月4日に証言台に立った。