●折衷論の登場
さらに今日、初期のハイマーの競争優位論と内部化理論を「折衷的」に取り入れて、企業の多国籍化行動を説明しようとする折衷理論も登場している。J.H.ダニングによる説明である。
ダニングによれば、ある企業が<1>外国企業に対して優位性を所有し(所有優位)、<2>海外でそれを直接利用しても利益を生み出し(内部化優位)、そして<3>対象国の立地上の優位性があれば(立地優位)、企業は多国籍化するという。
企業の多国籍化については、このようにさまざまな議論が展開されてきた。しかし、基本的には取引コスト理論に基づく内部化理論がいまだ主流だといってよい。
多国籍企業のダイナミック・ケイパビリティ論
これまでの多国籍企業の研究では、企業が多国籍化を展開する動機と手法に関心が寄せられてきた。実はこの問題は本質的に、「企業はどこまで大きくなるか」という企業境界のテーマそのものである。それゆえ、これまでこの問題の説明として説得力のある取引コスト理論への注目が集まってきた。
しかし、ティース教授によると、いまや大企業の多くが多国籍化しているため、彼らの関心事は、多国籍化によっていかにして企業は持続的に成長できるか、言い換えれば「いかにしてグローバル市場で競争優位を持続的に維持することができるか」であるという。
このグローバル経営という課題に対し、取引コスト理論に基づく内部化理論は解を提示できない。だが、資源ベース論や素朴なケイパビリティ論は説明が可能である。
国内で販売した既存の製品を外国へ持ち込み新製品として販売しようとしている企業A社の例で説明しよう。
海外の環境は国内とはまったく異なる。それゆえ国内市場の既存製品が、海外市場では新製品として受け入れられる。そのような新製品を環境の異なる海外市場で効率的に販売するには、それを可能にする販売ケイパビリティが必要となるだろう。
A社がそのような固有の販売ケイパビリティをすでに保有しているならば、それに基づいて海外市場でも垂直的に拡大し、直営店を展開して販売活動を行うことができる。あるいは、そのような特殊な販売ケイパビリティを保有している地場企業を買収したり、販売を委託したりすることもできる。
しかし、海外に持ち込む製品があまりに革新的な場合、あるいは革新的な製品を連続的に海外に持ち込むような場合、A社は効果的に海外で販売できるケイパビリティを備えていない可能性が高く、またそのような販売ケイパビリティを持つ地場企業も存在しないかもしれない。
このような場合の解決方法は、その企業のダイナミック・ケイパビリティによって決定される、というのがティースの主張である。