YKKのダイナミック・ケイパビリティ論
YKKは、1934年に創業し、ファスナーを中心とするビジネスと、窓・サッシ・ドアといった建材ビジネスを中心に成長してきたグローバル企業である。現在、約4万人の従業員が広く世界で事業を展開している。
なぜYKKは海外で強いのか。その強みを理論的に説明する試みはこれまでほとんどなされていない。
YKKの強さは、海外進出に至る多国籍化プロセスではなく、進出後に展開されているグローバル経営手法にある。その強みがダイナミック・ケイパビリティに関連していることを以下に説明しよう。
YKKの発展および成長を支えてきたのは、1959年に始まる海外展開である。その際、YKKの固有の強み、つまりケイパビリティは、ファスナーの専用機械を一貫して内製化できる技術力であり、それゆえ専用機械を世界各国の製造拠点に設置し、世界中どこでも同一商品、同一品質でファスナーを製造できる能力であった。
しかもYKKの場合、ファスナー専用機械だけでなく、可能なかぎり材料開発や機械に組み込まれる金型やファスナーの専用部品の製造も自社で行うことができる能力を持っていた。この一貫生産能力こそが、YKKの競争優位を生み出す源泉であった。
このケイパビリティの下で専用機械設備を世界各地に配置し、高速・自動化を進めて改良し、最高のシステムを本部から現地へと配置する「テクノロジープッシュ型」経営を展開していたが、YKKは、このようなやり方では、グローバル市場で戦えないことをすぐに認識した。
先述したティースの自己変革能力、つまりダイナミック・ケイパビリティに沿って、彼らの気づきを整理してみよう。
センシング:世界71カ国・地域に50以上の工場で設置されるファスナー専用機械がどれだけ技術的に優れていても、それを現地のオペレーターが効率的に使えなければ意味がないことをいち早く認識した。
シージング:それゆえ、新興国でも使いやすい製造現場に適応した設備開発へと開発思考を転換し、それを徹底的に実行した。
トランスフォーミング:しかも、まったく新しいものをゼロから生み出すのではなく、マイナーチェンジを繰り返しながら絶えず既存の技術の継続的改善、改良、進化を行うことを推進してきた。
さらにYKKは、地場産業を巻き込んで、資源や資産の再構築をも行うオーケストレーションも展開した。
世界各国の拠点でそれぞれの国の異質性を認識し、絶えず固有のケイパビリティを独自に改良して再構成する変化対応的な自己変革能力こそがYKKのダイナミック・ケイパビリティであり、これによってYKKは持続的競争優位を生み出してきた。
それを可能にしたものは何か。ダイナミック・ケイパビリティに適切な方向性を戦略として現場に示してきたのは経営者たちである。世界各地の固有の変化に対応できず、グローバルに売上を激減させている昨今のマクドナルド経営陣と比較すると、その違いは明確である。
参考)
『組織の不条理』菊澤研宗著(ダイヤモンド社、2000年)
『ダイナミック・ケイパビリティ戦略――イノベーションを創発し、成長を加速させる力』デイビット J.ティース著、谷口和弘、蜂巣 旭、川西章弘、ステラ S.チェン訳(ダイヤモンド社、2013年)
David J. Teece(2014)“A dynamic capabilities-based entrepreneurial theory of the multinational enterprise,” Journal of International Business Studies, 45, pp. 8–37.