分析手法や関連技術も含めて、さまざまな取り組みが進むデジタルマーケティング。その特徴と歴史的な意義はどのような点にあるのか。マーケティング研究の第一人者である恩藏直人・早稲田大学商学学術院教授が語る。

インパクトがある
からこその議論の彷彿

Naoto Onzo
神奈川県生まれ。早稲田大学商学部卒業後、同大学大学院商学研究科へ進学。1996年教授に就任。商学部長、商学学術院長などを歴任。専門はマーケティング戦略。著作に『コモディティ化市場のマーケティング論理』(有斐閣)、『競争優位のブランド戦略』(日本経済新聞出版社)、『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』(丸善)など多数。

「デジタルマーケティング」は現在、旬のテーマとして理論や技術、手法の構築が試みられている。時代状況が変わり、そこに新しいツールが登場すると、マーケティング研究は当該テーマで一挙に盛り上がる。そして当たり前のものとして定着していく。デジタルマーケティングも、そのようなものと感じている。

 例えば1970年代にはフィリップ・コトラーとシドニー・レヴィが提唱した「デ・マーケティング(Demarketing)」が耳目を集めた。デ・マーケティングとは、「顧客全般の、または一定クラスの顧客の需要を一時的または半永久的に抑制するマーケティング活動」だ。マーケティングはそれまで、「需要を喚起するための理論」と考えられていた。しかしデ・マーケティングは、需要の抑制によって提供価値の低下を防ぐために行われる。例えば、環境保護のためにあえて入山規制を実施する、製品の欠品を防ぐためにCMやプロモーション活動を削減するといった具合だ。

 当時、デ・マーケティングの狙いや手法について大きな議論になったが、結局は「需給調整こそマーケティングの本質である」という認識が定着して、その後は誰も語らなくなった。

 21世紀に入り盛んになった「インターナショナル・マーケティング」の議論も同様だ。これは、世界市場での活動を統合的に捉える「グローバル・マーケティング」と、各国の実情に応じて展開する「マルチ・ドメスティック・マーケティング」に分類されて議論された。課題が多いので大きな議論を呼んだが、結局は「全ての企業にとってグローバルという視点は至極当然のもの」という認識に落ち着き、あえてインターナショナルやグローバルの言葉は用いられなくなった。

 デジタルマーケティングも同じ流れにあると考えている。現在はWebマーケティングの進化版などと捉えられたりして、その本質的な意義、理論、技術などについての議論がかまびすしいが、数年もすれば誰もが当たり前に捉えているだろう。議論が盛んなのは、それだけパワフルなツールが登場している証左で、それをどう使うかの模索が続いているということである。

 そして、新しいツールや理論を理解し、うまく使えるようにならなければ事業活動は失速する。これも過去の議論が共通して教えてくれる教訓である。