「理想的な働き手」になることを迫られる従業員たち

 シリコンバレーからウォール街まで、あるいはロンドンから香港まで、超多忙な組織の話には事欠かない。上司はいつも過剰な仕事を部下に課し、勤務時間外でも部下に連絡を取り、ぎりぎりになって残業を依頼する。こうした要求に応えるため、部下は早朝出社、深夜残業、徹夜、週末勤務をこなし、毎日24時間休みなくメールをチェックする。そして、このような対応ができない(したくない)者は基本的に不利な扱いを受ける。

 従業員はこうして、社会学者の言う「理想的な働き手」になることを迫られる。つまり、仕事にひたすら打ち込み、常に臨戦態勢でいなければならない。この現象はさまざまな職場に広がっており、IT系スタートアップ、投資銀行、医療機関などの事例が詳しく報告されている。これらの場所では、仕事以外の関心事に熱心に取り組んでいる気配を見せると、仕事に向いていないと思われかねない。

 モルガン・スタンレーの経営幹部であるカーラ・ハリス[注1]も、同社で働き始めた頃はそんな心配をした。彼女は情熱あふれるゴスペルシンガーでもあり、CDを3枚出している。コンサートへの出演は数知れない。しかしキャリアをスタートさせた当初は、そのことを黙っていた。歌に時間を注ぎ込んでいることをオープンにしたら、仕事の面で不利益を被るのではないかと案じたからだ。さまざまな調査研究から、そんな懸念ももっともだと思わされる(参考文献を参照)。