昇進の内示を断った理由

 デイビッド(仮名)は、ある多国籍複合企業の大規模生産施設の責任者である。デイビッドの仕事ぶりを見れば、彼が有能で信頼に足るマネジャーであることに疑問の余地はなかった。そのためCEOは、主要な事業部の事業部長職に想定外の空きが出ると、デイビッドを呼び、その任に選ばれたという朗報を伝えた。彼の努力の賜物だ、と。

 実は、このように突然異動を告げられるのはよくあることだ。それでもデイビッドは不意を突かれて答えに窮した。CHRO(最高人事責任者)も同席しており、デイビッドの驚きを見て取った。そこで彼女は、この内示が出たのは予想より早かったかもしれないが、デイビッドの現在の上司には打診済みであり、この人事を支持していると説明した。デイビッドにとって、またとないチャンスであり、誰もが彼の成功を応援していた。着任前に必要な手配をすべて行うだけの時間はあり、米国大陸の反対側に位置する新任地に家族が引っ越すのを、会社は喜んで手伝うとCHROは言葉を添えた。彼は、4週間後に仕事を開始する予定であった。

 デイビッドは、2、3の質問をした。昇進に伴い、十分な昇給が行われることもわかった。CEOとCHROにていねいに謝意を述べ、その晩に、妻とこの昇進について話し合うと約束した。「ぜひ、そうしてください」と彼らは笑顔で応えた。