パーパスの危機
この10年間で、「パーパス」が経営の合言葉になった。経営やリーダー論を題材とする新刊書籍のうち、パーパスをタイトルに含むものは2010年以降で400冊を超え、記事に至っては数千件に上る。それも無理はない。組織で働くなら、理性と感情に響く使命や事業理念を掲げる組織で働きたいと思う人は、ミレニアル世代に限らず多いのだ。
とはいっても、パーパスの定義に苦戦する企業は多い。ましてやパーパスを実践するとなれば、至難の業だ。一般的なパーパス・ステートメントを読んでみるといい。「選ばれる企業になる」とか「株主価値を最大化する」といった、とらえ所のないものばかりだ。そうしたステートメントには、事業を成功へと導く大事な何かが欠落している。実際にどんな事業を展開しているのか、どんな顧客に製品やサービスを提供しているのかがわからないのだ。
ほかにも、崇高ではあるが、具体性に欠ける志を掲げるステートメントもある。たとえば、「従業員の意欲をかき立て、日々、持ち味を最大限発揮してもらう」「パワフルな楽観的思考を広める」といった具合だ。これらも同じく、「会社が何のために存在しているのか」「顧客にどんな価値を提供しているのか」「その価値が自社にしか提供できないのはなぜか」といった問いには答えていない。
抜群の効果を発揮するパーパス・ステートメントは、(1)戦略目標を余すことなく明確に描き出す、(2)従業員の意欲をかき立てる、という2つの目的を果たす。この2つは単独でも重要だが、相互に作用する点においても重要だ。すなわち、従業員が組織のパーパスを理解して受け入れると、よい仕事、さらには最高の仕事をしようという気持ちになるだけでなく、打ち出された目標を達成しようと奮い立つのである。
実際のところ、従業員が自社のパーパスを理解していなければ、業務を遂行できるかどうか疑わしい。自社が何を目指しているのか、自分の仕事がその目標達成をどう支えるのかもわからないのに、来る日も来る日も意欲満々で出勤できるだろうか。
その一方、PwCの戦略コンサルティング部門、Strategy&が従業員540人以上を対象に世界各地で実施した最近の調査によると、「自社のパーパスと深い結び付きを感じている」という回答はわずか28%だった。「自分の生み出している価値が目に見えてわかる」との回答は39%、「担当業務で自分の強みを十二分に発揮できる」は22%、「自社の成功に大きく貢献している」は34%にすぎない。担当業務に対する意欲や情熱や喜びを、「多少でも」感じることはない、という人は半数を超えた。
要するにパーパスの危機であり、従業員は目的を見失っている。方向性が見えなければ、やがてモチベーションが低下する。自社の設定した目標達成に向けて果敢に挑まなければならないチャレンジを前に、従業員は後ずさりするようになる。
幸い、パーパスには人の意欲をかき立てる絶大な力がある。先述の調査では、報酬や昇進といった従来型の動機付けよりも、パーパスのほうが平均で倍以上重要だと考えられていた。いかに価値を生み出すかを明確に定義し、伝達している企業では、意欲にあふれる従業員が63%を占めたのに対し、それ以外の企業では31%に留まった。また、担当業務に情熱を感じている従業員は65%に対して、32%だった。また、こうしたパーパス・ドリブンの組織はかなりの成果も上げており、Strategy&の調査と分析によれば、90%以上が業界の平均以上に成長し利益を出している。
戦略の明確化と従業員の動機付けをパーパスで実現するには、まず本質的な問いに向き合わなければならない。「そのパーパスは、自社ならではの価値を物語っているか」であり、その問いに対峙したうえで、従業員がパーパスに命を吹き込むことを支援する体制、制度、リソースを整えることが必要になる。
筆者らはコンサルタントであり、教育者、アドバイザー、取締役でもある。仕事上、パーパスをいかに巧みに言語化するかで悩む企業を、多数目にしてきた。そうした企業はたいてい、先述した2つの重要な目的から外れたところでパーパスを定義しようとしているか、どちらか1つだけに照準を絞っている(つまり、従業員の意欲をかき立てようとしているか、社外に向けて戦略を別の言葉で言い換えようとしているかのどちらかだ)。
筆者らはよく、上級幹部に次のように問いかける。「Cスイートの経営幹部から3~5階層下の従業員は、自社ならではの価値を高めるために自社が何をしているか説明できますか」「それが、自分の担当業務とどうつながっているか説明できますか」
筆者らは、業界屈指の実績を上げているプライベートエクイティファンドをいくつか知っているが、そうしたファンドは企業を買収する際、デューディリジェンス(資産査定)の一環として、買収候補のオフィス通路や作業現場でこうした質問を投げかける。不明瞭なパーパスが甚大な影響を及ぼすことは、これらファンドや筆者自身の経験でも明らかだ。
以下では、余すことなく明確に表現されたパーパスに必要なポイントを探ったうえで、パーパスを実践するために必要なアクションを紹介する。
パーパスとは顧客に対する約束である
理想的な世界では、組織という組織が、顧客にしっかりと根差したパーパスを策定・発信し、実践する。立ち上がった企業がスタートアップの段階を超えて生き残るのは、自社ならではのやり方で何らかの顧客ニーズを満たしている場合だ。活きいきしたパーパスを維持し、それが従業員の業務と結び付いていれば、企業は実績を残し、成長していく。
従業員のためにパーパスを定義する際、多くの企業が陥る罠が一つある。何通りもの「ステートメント」を発信してしまうことだ(囲み「ステートメント策定に関する議論」を参照)。筆者らの意見では、ステートメントは少なければ少ないほどいい。リーダーは企業の存在意義(誰に対して、どんな価値を生み出すか)を定義し、従業員が勤務時間中に目にしやすく、すぐに理解して判断基準にできるような形で明確に発信しなければならない。
自社の存在意義をパーパスに効果的に落とし込めているかどうかを評価する際には、以下を自問するとよい。
・自社のパーパス・ステートメントは、自社製品・サービスを購入してくれる顧客やユーザーにとって有意義か。自社が大なり小なり向上させようとしているのは、誰の生活やビジネスかが明確になっているか。
・自社のパーパスは自社ならではのものか。自社が撤退したとすれば、市場にはどんな穴が開くか。
・自社は、このパーパスを掲げるにふさわしい企業か。そのパーパスで成果を上げるケイパビリティが自社にあるか、もしくは構築できるか。競合他社よりも、効果的で効率的にパーパスを遂行できるか。
こうした質問に向き合ってパーパス・ステートメントを作成し、成功に拍車をかけた企業の例を紹介しよう。
家具の製造・小売りで世界最大のイケアは、自社が提供する価値を明文化している。すなわち、一握りの富裕層だけでなく、「より快適な毎日を、より多くの方々に提供する」ことを約束している。そのために、「優れたデザインと機能性を兼ね備えたホームファニシング製品を幅広く取り揃え、より多くの方々にご購入いただけるよう、できる限り手頃な価格で提供する」と謳っている。
同社はその約束を果たすために、消費者の生活様式を深く理解する力を磨き、それを製品に落とし込んで魅力的な家具をデザインし、平板な箱詰め状態で出荷・販売する。さらに、同社が採用している生産体制やサプライチェーンは効率性が極めて高く、規模を柔軟に拡大できる。
イケアには、ずっと以前から明確なパーパスがあった。創業者のイングバル・カンプラードが家具事業を立ち上げたのは、家具を買おうにもお金がなく、自分でつくるか譲り受けるしかなかった人たちに尽くすためだと明言していた。その言葉に嘘はなかった。イケアが創業してから間もなく、競合企業が同社の低価格に狼狽し、複数のサプライヤーに同社との取引をボイコットさせた時でさえ、カンプラードは約束を守った。販売価格を引き上げるのではなく、必要なケイパビリティを育成してデザインを内製化したほか、東欧諸国に製造を委託するようになったのだ。
歯科医師などの医療従事者向け製品やサービスを世界的に提供するヘンリーシャインにも、明確なパーパスがある。「革新的かつ統合されたヘルスケア製品やサービスを提供し、顧客に信頼されるアドバイザーやコンサルタントになることによって、顧客が最上質の診療を提供し、経営効率と収益性を高められるように支援する」というものだ。そのために同社は、「信頼と信用に深く根差した関係」の構築に力を入れる。顧客に製品やソリューションを提供するだけに留まらず、その一歩先に踏み込むことを明確に選び取り、価値ある独自のポジションを切り開こうとしているのだ。
つまり、大型機器の提供・整備能力を競合他社に匹敵する水準に引き上げるだけでなく、顧客の業務改善を支援する診療管理ソフトウェアやデジタル技術にまで事業範囲を広げている。しかも同社は営業員のトレーニングも行い、機器購入の資金繰りや広告宣伝ツール、コンプライアンスなどで医療従事者を啓発し、助言できるようにしている。
一方、世界最大の玩具メーカー、レゴはただ玩具を販売しているだけではない。「遊びと学習を通して、子どものクリエイティビティの育成」を目指している。無数の組み合わせが可能な魅力的なブロックを設計しているのは、この約束を果たすためだ。
さらに、あらゆる年代の熱心なファンが参加できるコミュニティを、オンラインとオフラインで育成していることも重要である。こうしたコミュニティの目的は継続的な対話、学習、クリエイティビティの発揮、イノベーションの促進であり、同社がそのために採用しているプログラムには、アンバサダー・ネットワーク(大人のファンを対象とした、コミュニケーションとサポート提供のプラットフォーム)や、レゴ・アイデアズ(ユーザーがレゴの新商品を提案するウェブサイト)、ユーザーのレゴ作品を一覧できるギャラリー、レゴ・ライフ(子ども向けのソーシャルメディアネットワーク)などがある。
この20年間で、レゴのユーザーグループは確認できているだけで11から328に急増し、アクティブユーザーは合計数十万人に上っている。ユーザーが投稿したレゴ作品の写真やイラスト、作成方法は45万件を超える。これらのファン活動は、誰でも自由に利用できるアイデアの宝庫であり、レゴがパーパスを実践するうえで不可欠な要素になっている。
ステートメント策定に関する議論
社内では、パーパス・ステートメントがミッションやビジョンなどのステートメントとどう違うのかについて、意見が分かれるかもしれない。さまざまな企業のウェブサイトを調べても、どのステートメントを採用しているのか、どういう意味で使っているのか、ほとんど統一されていないことに気づくだろう。
定義にまとまりがないと、効果的なパーパス・ステートメントの策定がますます難しくなってしまう。パーパスを明文化しようと始めた議論が意味論に終始したり、ばらばらのステートメントをいくつも策定したりといったことがあまりに多い。何と銘打つべきか、何種類のステートメントを策定すべきか、といったことを際限なく話し合うよりも、従業員や顧客、投資家に対して以下の3つを明確にすべきだ。
(1)何のために存在しているか
まずこの質問から始めよう。この問いは要するに、「我々は、誰のニーズを満たすために存在しているのか」「自社独自の方法でそのニーズを満たすには、どうすればよいか」というシンプルなものだ。企業の場合には、「顧客にどんな価値を提供すれば、代金を支払う気になってもらえるのか」であり、非営利団体の場合には、「どんな社会的価値を提供すれば、寄付金または補助金、もしくはその両方を受け取れるのか」という質問である。
(2)どのようにビジネスを行い、どんな理念に基づいて意思決定を下しているか
パーパス・ステートメントで特定されていなくとも、中核的なステークホルダー全員を考慮することが重要だ。たとえば、事業拠点周辺のコミュニティや規制当局、サプライヤーなどが代表的なところだろう。こうしたステークホルダーを考慮に入れると、従業員を導くべき価値観とはどんなものだろうか。日々、事業を展開する中で、どんな職場環境、顧客体験、対人関係をつくり出そうとしているのか。さらに、それらがパーパスにどう結び付き、パーパスの実現にどう役立つのかを従業員にどのように理解してもらうのか。
(3)何年後かに目指したい場所はどこか
いまひたむきに仕事をして、ゆくゆくは何を生み出そうとしているのか。規模や影響力を拡大し続けるため、優れたリーダーは何を目指すかを明確にし、そこに照準を合わせる。筆者らの経験に照らせば、一流の企業は将来の業績目標、目標達成の時期、評価の尺度を明確に設定している。
パーパスを実践する組織を構築する
言うまでもないが、パーパスを余すことなく明確に表現することは第一歩にすぎない。組織でパーパスを実践できなければ、いくら素晴らしいパーパス・ステートメントを策定しても役に立たないばかりか、仇になることすらある。従業員が強力なパーパス・ステートメントを目にしても、組織の壁に直面すると、打ち出された優先業務を実行できない。そうなれば従業員はいら立ち、シニカルになって意欲が減退する。いずれは、顧客も気づくことになるだろう。
パーパスの実践を確かなものにするには、次のことが必要である。
●適材を引き付ける
自組織の目標を達成し、目覚ましい競争力を得るには、適材適所を実現しなければならない。現在の人材開発モデルでは、社内の全部署で優れた人材を育成しようとすることが多い。はっきり言って、それは現実的ではない。人材獲得競争のただ中で、企業は取捨選択する必要がある。社内の隅々にまで、最高の人材を揃える余裕などないはずだ。たとえあったとしても、自社のパーパスに馴染まないスキルの人材を引き寄せるのも、つなぎ留めるのも一苦労だろう。それに、そうした人材は入社しても、職場環境や用意されているキャリアの選択肢に意欲を燃やすことはない。
自組織がパーパスを果たすために磨かなければならないケイパビリティを厳選するとすれば、どんなものがあるだろうか。そこに含まれている極めて具体的なスキルに基づいて、最高の人材が必要となる部署を決めるべきだ。幅広い職能に精通するゼネラリストが、パーパスに重要な専門能力を発揮してくれるだろうと当てにするような真似はしないことだ。また、社内で使用する重要なテクノロジーも考慮しなければならない。従業員は情報システムや業務システムに馴染む必要がある。それほど重要ではない職務や、通年の業務維持が自社に必要ない職務では、社内で人材を揃えるよりも、社外の優れた契約企業を活用するほうが得策かもしれない。
アップルを例に挙げよう。同社が脚光を浴びたのは、先進的でユーザーフレンドリーなデザインで他社と一線を画したからだ。そのために、元CEOのスティーブ・ジョブズはデザインチーム全体の地位を引き上げた。優れた人材を集めて、電子機器やソフトウェアのユーザーインターフェース、店舗体験など、幅広い製品やサービスを形にした。さらに、最高デザイン責任者の職位を設けて、経営陣の一員に迎えた。テクノロジー企業としては、極めて異例の措置だ。そうすることによって、デザインチームの業務が生み出す価値と、社内の各部署との密接な結び付きを全従業員に強く印象付けたのだ。
アップルが世界屈指のプロダクトデザイナーだけでなく、ファッション業界や小売業界のトップデザイナーをも引き寄せ、つなぎ留めることができたのは、自社のパーパスを実践するためにデザインが不可欠だと見抜き、周囲に知らしめたジョブズの功績である。
●壁を越え、意図的に力を合わせる
的確なスキルを備えた適材を確保したら、今度は自社のパーパスに必要なことをすべて、従業員が成し遂げることができるように組織を編成しなければならない。売上拡大、コスト削減、新製品開発に向けたイノベーションの推進など、重要な取り組みで何を目指すにせよ、あらゆる部署の知識やアクションが必要になることはほぼ間違いない。そこで、職能ごとの壁であろうが、地域ごと、顧客ごとの壁であろうが、縦割り組織の打破が必要になる。
難しい問題に関して、組織最高の頭脳や専門能力を集約するために最もよく利用される「人間工学」は組織横断型チームである。しかし、そうしたチームを立ち上げても、実績を残せるのはせいぜいほんの一握りだ。メンバーが十分に時間をかけて取り組まなかったり、必要な財源や上級幹部の目配りを得られなかったりして、成果を上げられないケースが圧倒的に多い。
そうした落とし穴を避けるには、2つ方法がある。1つ目は、組織横断型チームが手腕を発揮できる仕組みに改善すること。つまり、メンバーが本来所属する「ホーム」の部署で担当する業務を多少減らす。同時に、チームの成果物に対する責任を上級幹部に負わせ、チームを成功に導くことを幹部の実績として評価するのである。2つ目の方法は組織体系を変え、さまざまな職能部門のスキルを持つ人材を集めて、常設の組織横断型部門を設けることだ。イノベーション開発チームでは、R&Dやエンジニアリング、マーケティング、財務の人材を集める場合が多い。
この点でも、イケアが参考になる。多くの企業では、製品デザインの担当者はコスト管理に直接関わらない。製品を開発したら、その製品デザインをサプライチェーンや財務部門(もしくはその両方)に伝えてコストを試算してもらう。その後、マーケティングまたは営業部門に依頼して、価格を設定する。その過程では、デザインの前提条件を繰り返し見直すのが常だ。
ところが、イケアでは違う。デザイン、財務、製造、さらにサプライチェーンの関係者が幅広く協力して、最初からコストを最適化しながら製品を開発する。たとえば、デザイナーはたえずパッケージを検討して使用する資材を削り、コンテナに収まる製品数を最大化するとともに、顧客が持ち帰りやすいように重量や大きさにも配慮する。こうして組織横断型チームが一体となって取り組んでいるため、イケアはデザイン面の優れたケイパビリティと高いコスト競争力を同時に実現できる。いずれも差別化を図り、パーパスをやり遂げるうえで重要な要素である。
●パーパスに投資する
最重要と位置付けられた業務に携わっていながら、時間や目配り、資金が十分に得られないことほど、従業員がやる気を失うことはない。自社のパーパスにとって最も重要な領域で目指すべきは、職能部門を強化することでもなければ、人材配置や市場投入額といった社外の市場ベンチマークを達成することでもない。パーパスで約束した価値を提供するために、競合以上に投資することだ。その他の領域では、支出を削ればいい。
適切な人材を確保するために難しい判断が求められるのと同じく、パーパスのために予算を策定する際にも、配分という厳しい決断が必要になる。自社のパーパスに必要なケイパビリティに重点的に投資しなければ、パーパス・ステートメントは、経済学者が言うところの「チープトーク」(ゲーム理論において、利得に影響しないプレーヤー間のコミュニケーションの意味)になってしまう。
メキシコに拠点を置き、セメントなどの建材を手がけるセメックスは、建設プロジェクトの最初から最後まで一貫して、顧客の中核パートナーとして働くことを目標に据えている。最適な用地の選定から許認可の取得、大型建設プロジェクトの管理まで、あらゆる業務に対する支援と助言の提供を目指しているのだ。そのために営業部門に重点的に投資し、顧客である地方公共団体の上級幹部との緊密な関係構築を営業部員に課している。
同時に、それまでとは異なる人材を幹部に登用し、地域のリーダーとの接触に当たらせた。これにより、建設期間中に入手した情報を各部署と共有し、十分に差別化したソリューションを顧客に提供できるようになった。
一方で、そうした投資資金を確保するために業務効率の向上に力を入れ、都市廃棄物といった代替エネルギーの利用など、コスト削減策を全社的に推進した。
●リーダーが身をもってパーパスを実践する
優れたリーダーは従業員に優先事項を伝えたり、従業員や顧客と接する姿を周囲に見せたりなど、日々の発言や行動を通じて自組織のパーパスを実践する。
科学技術のイノベーションを世界的に推進するダナハーを例に取り上げよう。同社はテクノロジーを開発することで、顧客が抱える極めて難しい課題を解決すると約束している。その約束を果たすため、同社は「ダナハー・ビジネスシステム」に基づき、製品や社内部門間の境界を越えて継続的な改善を推進している。同社の最高幹部20人が定期的に集まって、効果的なツールや技法について話し合い、お互いから最大限学び合っているのだ。
元CEOのラリー・カルプが半年に一度実施していたカイゼン活動では、CEOが直属の部下とともに1週間、業績不振の工場に集中的に取り組んだ。上級幹部全員は定期的に、それぞれが熟知している業務手法やツールについて説明している。それも、自分の直属ではない部門に教えることが多い。リーダーがわざわざ時間を取って担当部門以外のチームに手を差し伸べる姿は、強力なメッセージとなる。
リーダーがパーパスを実践するために下した難しい決断をやり遂げるかどうか、従業員は興味津々で見守っている。ちょうど2013年に家電部門を売却したフィリップスや、最近になって眼科部門のアルコンを分離・上場したノバルティスのように、自社の存在意義にそぐわない事業を切り離すだろうかと、注目しているのだ。
レゴの元CEO、ヨアン・ヴィー・クヌッドストープは2014年にインタビューで、数年前に直面していた難局に触れ、同社が「道に迷い、自己認識を誤っていた」ことを認めている。さらに、どうやって原点に戻ったかも説明した。まずは、「何のために存在しているのかという根源的な問い」に向き合い、「自社ならではの優位性がある分野でのみ事業を展開する」方向に舵を切ったという。玩具業界で再起を図るため、同社は大規模な事業再生プログラムに乗り出し、核となるパーパスにそぐわない事業を売却したり、打ち切ったりした。その一環で、4つのテーマパークとテレビゲーム開発部門を売却した。
* * *
パーパスについてもう一度考え直せば、戦略的な明快さと従業員の動機付けという相互作用に計り知れないメリットが得られる。経営陣にパーパス再考の責任を負わせるうえで、取締役会が果たすべき役割はますます重要になっている。それどころか、CEOの平均在職期間がわずか5年前後に留まる中、取締役の任期はCEO以上に長い。受託者責任の一環として、取締役会は自社のパーパスや、パーパスを実践する力にも目を光らせるべきだとの見方もあるくらいだ。経営陣には、以下をはじめとする厳しい質問を投げかけるべきだろう。
・自社と競合他社のパーパス・ステートメントを並べた場合、従業員は自社のステートメントがわかるだろうか。
・従業員にアンケート調査をすると、自社のパーパスを答えられる者はどのくらいいるか。
・顧客に対する約束を果たすために必要なリソースが従業員に配分されているか。
こうした問いは直感で十分に答えられるものだが、多くの上級幹部はしっかり向き合っていないことが経験上明らかになっている。その理由は、パーパスが戦略的プランニングで果たす重要性を十分に理解していないか、目先の業績しか見えていないか、あるいはこうした問いに正面から向き合うと、自社の本質的な弱さが露呈してしまうからだ。したがって、経営陣が常に自社の存在意義に注目しているように、取締役会が中心になって働きかけていかなければならない。
DHBR2017年12月号の「健全な資本主義のためのコーポレートガバナンス[注]」でジョセフ L. バウアーとリン S. ペインは、「企業経営者は株主の利益ではなく、自社の健全性を第一に考えるべきだ」と論じている。
筆者らがお勧めしたいのは、自社が製品やサービスを提供する相手は誰か、そうした顧客に自社ならではの価値をどのように提供するのかをしっかり理解し、その理解を拠り所として、自社の長期的な健全性を築くことだ。そのパーパスの定義、発信、実現は、リーダーに課せられた責任であり、取締役がわざわざ監督するだけの価値ある仕事だ。それは、米国の経済者団体ビジネス・ラウンドテーブルが新たに打ち出した「企業の目的に関する声明」でも明確に謳われている。
スローガンや外発的動機付けでいくら従業員の意欲をかき立てても、従業員が毎日仕事に向かう意味を把握していなければ、卓越した業績は上げられない。自社は誰のためにどんな価値を生み出すのかを明確にすれば、それだけ従業員を鼓舞する力が高まる。そして、適切な人材、オペレーティングモデル、財源をパーパス支援に向ければ、従業員がパーパスをやり遂げる能力が高まる。
パーパスはモチベーションのカギであり、意欲的な従業員はパーパスを具現化するカギを握る。この相乗作用をうまく利用すれば、企業は発展していけるだろう。
【注】
原文はJoseph L. Bower and Lynn S. Paine, "The Error at the Heart of Corporate Leadership," HBR, May-June 2017.
高橋由香理/訳
(HBR 2019年11-12月号より、DHBR 2020年7月号より)
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(C)2019 Harvard Business School Publishing Corporation.
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サリー・ブラント(Sally Blount)
ノースウェスタン大学ケロッグスクール・オブ・マネジメントのマイケル L. ネンマーズ記念講座教授。専門は戦略論。同大学の元学部長。アボット・ラボラトリーズとアルタ・ビューティの取締役も務める。
ポール・レインワンド(Paul Leinwand)
PwCの戦略コンサルティング部門Strategy&で、ケイパビリティに基づく戦略と成長を束ねるグローバルマネージングディレクター。PwC米国のプリンシパルと、ノースウェスタン大学ケロッグスクール・オブ・マネジメントで戦略論を担当する非常勤教授も兼任。共著にStrategy That Works: How Winning Companies Close the Strategy-to-Execution Gap, Harvard Business Review Press, 2016.(邦訳『なぜ良い戦略が利益に結びつかないのか』ダイヤモンド社、2016年)などがある。
