誤解① シナリオは、環境変化によって書き換えるもの
シナリオについてのよくある誤解は、それを芝居の台本のように「戦略を決定付ける唯一の筋書き」と見なすものだ。シナリオが中期経営計画の外部環境分析に近づくのも、このような誤解があるからではないだろうか。この誤解はさらに、シナリオと現実とのズレを小まめに見直して書き換えていこう、という誤用につながっていく。
しかし前述したように、シナリオとは不測の事態に備えるためのものであり、そのためには、蓋然性の高い未来だけでなく、起き得る最悪の事態を含む複数の未来が想定されていなければ意味がない。そうしなければ、いざ変化が起きたとき、現実に最も合うシナリオを選択し、それに合わせてスピーディーかつダイナミックに組織や戦略をアジャストさせることができないからだ。つまり、シナリオは変化に合わせて書き換えるものではなく、あらかじめ用意しておいた複数のシナリオから「選ぶ」ものなのだ。選んだシナリオに合わせて変えるべきは戦略の方である。
もちろん、ある不確実性を基にA、B、C、Dの4つのシナリオを作ったとして、最も可能性の高そうなシナリオAを「ベースシナリオ」に選ぶのは妥当だが、状況が変わればベースシナリオもAからBへ、あるいはC、Dへと柔軟に変える必要がある。とはいえあくまで4つのシナリオはワンパッケージであり、パッケージそのものは四半期や1年といった短期的な視野で作るべきものではない。
誤解② シナリオとトレンド分析を混同している
シナリオが、「トレンド分析」に終わってしまっているケースも散見される。つまり、GDP(国内総生産)の成長率を何%にするか、少子高齢化率が何%になるか、という次元で未来を描いているのだ。これはまさに中期経営計画における外部環境分析であり、現状維持だけが目的ならともかく、柔軟性のある戦略や組織づくりには役立たない。自社の未来像を深掘りするためには、事業に大きなインパクトを与える不確実性に注目することが重要なのである。
例えば、米国と中国の関係が今後どうなるかは、誰にも予測できない不確実性の高い事象だ。しかし、もし両国の関係が決裂、あるいは融和といった極端な方向に振れた場合、多くの企業に大きなインパクトをもたらすことは明らかだ。このように、世界を一変させる可能性のある変化に備えるためには、両極端な「異なる未来」を同時に描き、それぞれのシナリオに対応した準備をしておく必要がある。既存の事業モデルを維持するためにサプライチェーンを変えるのか、事業ポートフォリオそのものを見直すのか、あるいは戦略に合わせて、新規事業や新技術への投資の種をまいておくといった具体的な動きが必要になってくるだろう。いずれにせよ1つのシナリオに賭けずに柔軟に対応できる体制を整えておく必要がある。
今回のコロナショックを経験して、トレンド分析だけでは不十分なこと、そして、変化に合わせて柔軟に戦略を変えていくことがいかに重要かを痛感した経営者は多いはずだ。こうした備えはポストコロナの世界ではさらに一般的になっていくはずだ。
誤解③ モニタリングをせず放置している
せっかく意味のあるシナリオを策定しても、継続的にモニタリングせず放置すれば、シナリオとしての価値が失われてしまう。いざというときに使える状態にしておくには、継続的なモニタリングが欠かせないのだ。
そのためには膨大なデータの収集・分析が必要になる。そこで、有用なのがAIツールだ。モデルを組んでおけば、用意した複数のシナリオから、現状において最も実現性が高く、ベースシナリオにふさわしいのはどのシナリオかをリコメンドしたり、シナリオに戦略がアジャストしていない場合は警告を出すことも可能だ。
AIの活用は、シナリオ策定においても欠かせない。客観的に大量のデータを処理するテクノロジーを活用すれば、人間の判断を鈍らせるさまざまな認知バイアスを取り除くことができ、ファクトをより客観的に生かすことができるからだ。ただし、AIは万能ではない。工数の圧縮とスピードアップには大いに役立つが、データ分析からインサイトを得て、最終的な意思決定を下せるのは人間しかいないことを肝に銘じておくべきだろう。そして、意思決定におけるバイアスを排除するためには、社内の視点だけでなく、外部の客観的な視点を入れることも重要なポイントだ。