アマゾンが自らのデジタルトランスフォーメーション(DX)を追求する過程で生まれたのが、アマゾン ウェブ サービス(AWS)であり、いまやクラウドサービスの代名詞とも言える世界的な事業に成長している。AWS日本法人トップの長崎忠雄氏と、企業変革の研究で知られる一橋大学大学院経営管理研究科客員教授の名和高司氏が、DXの本質について語り合った。

危機感から発した変革は長続きしない
名和 DXを含めて企業変革を実現するためには、「失敗を許容する文化が必要だ」とよく言われます。確かにその通りですが、必要条件はもう一つあります。それは、「Why」が組織全体で共有されていること。「なぜ変革するのか」を全員がよく理解していないと、企業変革は前に進みません。このWhyが、たとえば「コロナ禍だから」といった危機感から発するものだと、延命策や復興策など限定的なものとなってしまいます。
長崎 変革へのモチベーションは非常に重要ですね。
名和 危機感から発するものは、危機が過ぎ去ると終わってしまう。カギとなるのは、使命感や志(パーパス)です。MTP(Massive Transformative Purpose、野心的な変革目標)と言われるような高い目標を描き、それを共有できると10倍速の成長や大きな変革が進みやすくなります。
長崎 その通りだと思います。アマゾンでは、創業時に掲げた「地球上で最もお客様を大切にする企業であること」というミッションを一番大事にしており、それが組織全体に浸透しています。
名和 まさにパーパスの共有ですね。
長崎 我々がイノベーションにチャレンジするときは、自分たちがやりたいことをやるのではなく、お客様のどのような課題を解決できるのかということにこだわります。たとえば、AWSであれば、クラウドコンピューティングによってお客様の経営課題をどう解決するのか、そこが出発点になります。
名和 ミッションを組織全体に浸透させるメカニズムはあるのですか。
長崎 いろいろありますが、たとえば、新しい製品やサービスを開発する際には、「Working Backwards」というアプローチを取っています。まずは、お客様の視点に立って、お客様の課題は何かを徹底して考えます。そこを起点にお客様にとって必要なものは何か、どうすればそれを提供できるかを逆算して考えるわけです。
みんなで議論して、できるだけ多くのアイデアを出し、「これでいこう」と決めたら、プレスリリースを書き上げます。開発をスタートする前に、その製品・サービスがなぜ必要なのか、お客様にどのような価値をもたらし、顧客体験をどう変えるのかを数ページのドキュメントにまとめるのです。
口で言うのは簡単なのですが、新しい製品・サービスの顧客価値をシンプルに定義し、明文化するのは結構大変です。このプレスリリースをもとに議論を進め、ゴーサインが出たらプロジェクトがスタートします。
名和 ゴーサインを出すかどうかの判断基準は何ですか。
長崎 お客様のためになるかどうかです。どの企業でもそうだと思いますが、いざプロジェクトを始めると、社内で反対する人が出てくることや、方針が変わって予算を減らされそうになることがありますよね。でも、プレスリリースは組織として承認されたものですから、初志を貫徹することができます。