「トライアル・アンド・エラー」ではなく、「トライアル・アンド・ラーン」
名和 先ほど企業変革の必要条件を2つ挙げましたが、十分条件もあります。私は十分条件は3つあると考えていて、1つ目は自前主義からの脱却、2つ目はスケールさせるためのアルゴリズム。そして3つ目が、組織としての規律です。変革には失敗がつきものですから、失敗を恐れずに、一人ひとりが自律的に取り組むことが大事なのですが、一方で組織としての規律がないと方向性がばらばらで大きな変革の流れにまとまらない。この自律と規律のバランスが重要です。
長崎 おっしゃる通りです。自律という点は、アマゾンでは「Two Pizza Team」と呼んでいますが、新しいプロジェクトを始めるときには2枚のピザでお腹を満たせる程度の人数、具体的には8〜10人程度でスタートし、そのチームに全権を与えます。
チームには全権が与えられているので、関係部署といちいち調整をする必要はありません。新しいサービスを始めようとすると、「それはうちの事業と競合するからだめだ」といった反対が出ることがありますが、全権委任されたチームにはそうした横やりが入る余地がありません。社内調整より、お客様にいち早く価値を届けることを優先した、イノベーションが育ちやすい組織づくりを目指しているのです。
一方で規律については、我々はトップから現場まで意思決定はお客様との対話が主軸になっています。「地球上で最もお客様を大切にする企業であること」というミッションを果たすために、トップから現場まで愚直にお客様の声を聞きます。お客様が我々のサービスをどう思っているのか、何に満足し、何に不満を抱いているのか。そういう声を徹底して集めます。
経営陣に何か提案を上げるときには、お客様の声が求められます。現場から幹部に提案を上げるときも同じです。お客様の声を常に聞いていないと、何事も先に進まない仕組みです。AWSがご提供するサービスの9割以上はお客様との対話によって決まると言っていいと思います。これは単なるご用聞きということではなく、お客様との対話を通じ、お客様のリクエストに対してもこちらから問題提起して、さらに課題を深掘りし、本質は何かを探究するプロセスなのです。

客員教授
名和高司氏
名和 トップから現場まで顧客視点を外さないことで、規律を保つメカニズムになっているのですね。私は「トライアル・アンド・エラー」ではなく、「トライアル・アンド・ラーン(Learn)」が大事だと言っているのですが、新しいことにトライすると学習の機会が増えます。難しいのは、現場の学習を組織の学習につなげるところです。
日本の企業は現場が強くて、現場が匠の技で顧客の課題に対応している。しかし、それを仕組みにして、経営までしっかりつなげることは苦手です。ですから、トライアル・アンド・ラーンではなく、トライアル・アンド・エラーで終わってしまう。
いわば、「たくみ」(匠)と「しくみ」(仕組み)を有機的に結合させることが重要で、匠の技で終わっていると、属人化して組織の力にはならないので、仕組み化する必要がある。でも、仕組みはすぐに陳腐化してしまうので、常に新しい匠を現場から吸い上げて、仕組みをアップデートしていかなくてはならない。そうやって企業を進化させていくプロセスを、私は「学習優位の経営」と言っています。
アマゾンの場合は、顧客の課題の本質を探究しながら、顧客と相互学習している。その学習効果がイノベーションを生み出しているとも言えます。