M&Aをイノベーションにつなげる3つのポイント

白鳥 聡:デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 アソシエイトディレクター Monitor Deloitte
Satoshi Shiratori

Monitor Deloitteにて、外部企業との協業を通じた事業創造を支援するInnovation M&Aサービスをリード。外部環境の急変に直面する企業に対し、協業を活用した新事業開発や市場参入、Startup投資、提携・M&Aの推進、事業リモデリングなどの支援を通じ、クライアント企業の変革を支える。  

「事業拡大型のM&A」から「イノベーション型のM&A」への転換という流れそのものはコロナショック以前からあった。

 2019年の日本企業のM&A件数は過去最多であり、そのうちの3割強をIT企業の買収が占めていることから、IT関連のケイパビリティをM&Aで補完しようとする企業が増えていたことが分かる。こうした事例には、例えば、プロダクトの製造・販売事業(売り切りモデル)に軸足を置いてきた企業が、サービス提供型の事業モデルを始めようとして外部企業への出資や買収を行う、といったケースや、競争環境の変化に合わせた生き残りのため、新たな事業モデルの模索を行っているような事例も数多く含まれている。例えば、東日本旅客鉄道が千趣会に10%超の出資を行い、Eコマース事業や会員基盤の強化を目的とした事業連携を推進したような案件1だ。これはまさに、イノベーション創出に向けたM&Aだ。

 こうしたM&Aでは、事業を丸ごと買って足し算して終わり、というわけにはいかず、望むイノベーションを実現するために、それぞれのケイパビリティをつなぎ合わせる丁寧なPMI(統合・協業関係の構築プロセス)が必要になる。しかし、カルチャーの全く違うIT企業やスタートアップとの連携やマネジメントは、口で言うほど簡単ではない。今まで日本企業がやってきた事業拡大型のM&Aであれば、対象企業も同じ業界内であることが多く、既存事業の仕組みの中で統合できたかもしれないが、イノベーション型のM&Aは対象企業が自社の業界には限らないため旧来の仕組みとコンフリクトを起こしやすいのだ。

 そこで、過渡期におけるイノベーション型のM&Aを成功させるためのポイントを3つ紹介したい。

ポイント① M&Aの目論見を明確にする

 イノベーション型のM&Aにおいては「どの企業を獲得するか」より「どんなケイパビリティを獲得するか」が重要になるため、まず自社の目論見を明確にし、その実現に必要なケイパビリティを精緻に把握しなければいけない。そのためには、未来を長い時間軸で構想する視点が求められる。

 潤沢な内部留保があるにもかかわらず、減損や売却益ばかりを気にして、投資に二の足を踏む経営者は多いが、その裏には往々にして「任期中に減損を出したくない」という自己保身が潜んでいる。まさに、短い時間軸に縛られて身動きが取れなくなっているのだ。しかし、経営者の本来の役割とは、長いタイムスパンで未来を構想し、自分はおそらく経営から退いているであろう10年後、20年後のために種をまくことではないだろうか。

 イノベーション型のM&Aを実践する例として、祖業から脱却し、事業ポートフォリオの大胆な再構築を進める某企業がある。実は同社は過去5年間のM&Aの3割以上で減損を出しているのだが、投資にブレーキを踏む様子はない。これも「ビジネスモデルの変革」という、長期的な目論見が明確だからこそだろう。

ポイント② dXでバリューアップを図る

 買収後にスムーズにバリューアップを進めるためには、dX(=Business Transformation with Digital)によるバリューアップの視点から、M&Aの対象企業がどんなデータを保有し、それをどう活用しているかという実態を把握し、自社にうまくつなぎ込む方法を計画しておくことも重要になる。実際の統合作業には手間も時間もかかるが、ここで逃げずにしっかり取り組めば、M&Aは成功に大きく近づく。

 しかし、そもそも現場カルチャーが強い日本企業では、自社内でも現場ごとにバラバラの仕組みが併存していることが多く、価値あるデータをたっぷり持っていても、分散しているが故に十分に活用されていない場合が多い。そこで大きな役割を果たすのが「dX」なのだ。M&AをきっかけにしたdXの推進は、自社も含むバリューチェーン全体でデータ活用の仕組みを一気に再構築するチャンスなのだ。

ポイント③ M&A推進チームのインテリジェンスを上げる

 M&Aの志向が変われば、投資部門のチームに求められるインテリジェンスも変わる。ファイナンシャルアドバイザー、弁護士、会計士、といった従来型のチーム構成ではイノベーション型のM&Aには対応することができないのだ。

 ひと口にM&Aと言ってもアライアンスの形は多様だ。目論見によっては、必ずしもマジョリティー出資だけでなく、マイノリティー出資や資本関係を伴わない業務提携も俎上に上げる必要がある。であれば、エコシステムやデジタルのビジネス活用を本質的に理解している社外の知見者を加え、より具体的かつ詳細に事前検討できる体制を組むべきだろう。その人材はデータサイエンティストやイノベーターかもしれないし、アカデミックな研究者かもしれない。いずれにせよ常識に縛られず、柔軟にチームを構成することが重要といえる。

12020年9月16日 東日本旅客鉄道株式会社と株式会社千趣会の共同プレスリリース:https://www.jreast.co.jp/press/2020/20200916_ho03.pdf