「脱・現場主義」が今後のM&A成功の鍵

コロナショックに端を発した不確実な世界においてM&Aを着実に構想・実行するためには、自社の存在意義「パーパス」が重要であることは前述の通りだ。目指すべき方向性、よりどころとすべきコアコンピタンスが明確なら、目の前の環境変化に揺さぶられずに成長を志向できるし、M&Aが迷走することもない。時間軸を超えるためには、経営者は月次や四半期決算の数値をいったん忘れ、遠く未来に思いをはせて語り合うというような場を持つことが必要ではないだろうか。
もちろん、パーパスそのものは抽象的な概念にすぎず、どれほど高邁な理想を掲げても、ビジネスの実態の裏打ちがなければ絵に描いた餅だ。経営者自らがパーパスをプラクティカルに運用してこそ本当の価値が生まれる。
M&Aにおいて「現場主義」から「経営主義」へのシフトを進めることはその一つの実践だ。良くも悪くも日本企業は現場が強く、経営目線のコントロールが利きにくい。M&Aにおいても、ディールが終了すれば役割も終了、とばかりに経営者が手を離し、実際の経営統合は現場任せにするケースは多い。しかし、バリューアップのために最も重要なこの局面でこそ、トップダウンでマネジメントしなければM&Aの価値が半減してしまう。
有望なスタートアップから「選ばれる」企業になるためにも、経営目線のマネジメントは重要だ。複数企業からM&Aの声が掛かったスタートアップが、あえて提示額の低い企業と組むことは実は少なくない。M&A後の成長を見据えた際に、経営者が理想的に語るパーパスと現場のガバナンスが乖離している企業とは組みたくないと考えるケースや、トライ&エラーを繰り返すことを前提とした創発型のマネジメントが根付いていない企業と組むことで、自社の成長の足かせになることを懸念する、といったケースも多い。そもそも既存事業に最適化された大企業のガバナンスはスタートアップと相性が悪い。トライ&エラーを繰り返し、アジャイルに完成度を高めていかなければならない新規事業を、確立された事業モデルの下で3〜5年の中期計画を立て、あらかじめ計画された通りに進めることを前提とした既存事業と同じKPIで評価されてはたまらない。経営者は、パーパスを発信するなら同時に、相応のガバナンスを用意する責任がある。
他社が全体像を描いたエコシステムに、自社が組み込まれる場合にも、パーパスは重要だ。例えばEコマースのプラットフォームは1つのエコシステムだが、出店側がパーパスと目論見を持たないまま参加すれば、一方的にプラットフォーム側のルールを押し付けられ、ただ巻き込まれて損をすることになりかねない。
時代の大きな変化に直面し、今企業が取り組むべき課題は多く、既存の仕組みの変革は簡単ではない。しかし、外部の資源を活用しつつ、自社の仕組みを時代に合わせてアップデートし、未来の姿に近づいていくイノベーション型のM&Aに今取り組むことは、ポストコロナにおける企業価値向上のための絶好のチャンスになるはずだ。