他者に共感するのは簡単なことではない。自分ではない他者が物事をどのように見ているかを理解するためには、自分が慣れ親しんだ快適な世界から外に踏み出さなくてはならないからだ。しかし、共感がなければ人に影響力を及ぼすことはできない。
メソッド演技法(感情を追体験することで自然でリアルな表現をする方法)を使う俳優はそのことをよく心得ている。彼らは役柄に共感することで、観る者の心に語りかけ、考えさせ、行動させる。みずからが演じるキャラクターになり切って、新しい人格や行動を表現するのだ。『マルコヴィッチの穴』や『アバター』『トッツィー』のように、アイデンティティの模索そのものがストーリーになっている映画もある。
『トッツィー』で女性になる体験をしたことが、ダスティン・ホフマンに強い影響を与えた。それは30年後、米国映画協会のインタビューに答えながら、映画制作当時のことを思い出し、思わず涙ぐんでしまうほど強い影響だった[注]。