自分の価値観と日常の行動とのギャップ

 だれにでも大切なものがある。たとえば、仕事、私生活、家計などだ。しかし、あらためて自分の日常を見てみると、いちばん大切なことと、現実に金銭や時間、労力を費やしていることが食い違ってはいまいか。

 その食い違いのほどはさまざまだろうが、いずれにしても、公言している価値観と実際の行動とのギャップにどのように対処するのかという問題が生じてくる。ある医療機器メーカーのCEO、ニックのケースを見てみよう。なお本稿に登場する個人の氏名や職業は、プライバシー保護のために変更してある。

 彼はLBO(被買収候補の資産を担保に融資を受けて買収すること:leveraged buy-out)によって非公開企業になった医療機器メーカーに赴任し、みごと業績を好転させた。また、さまざまな優良企業や新興企業の経営者として成功した経歴がある。それゆえ、ニックは親会社の株主たちから高く評価されている。

 ところが、ニックが興味を抱いていることと実践していることとの間には、大きなギャップがある。ニックにとって人生でいちばん楽しかったことの一つは、「妻と一緒に1年間の休暇を満喫し、移民支援団体でボランティアに従事したことです」。

 自身も移民の子であるニックにすれば、移民問題は無視できないものだった。彼は妻と一緒に過ごした1年間を懐かしみ、「最近はお互いに忙しくて月に2回以上、一緒に週末を過ごせれば、ましなほうです」と語る。

 ニックはまた、仕事のうえでの自分の影響力に疑問を感じている。「いま、私は50歳です。元気に働けるのもあと5年か10年でしょう。それなのに、私は情熱も感じず、金持ちになれるかどうかもわからない事業に漠然と人生を費やしているのです」

 ニックは今後の仕事について、いくつかの選択肢を検討中である。一つはほかの会社のCEOを引き受けること。実際、ヘッドハンターからはひっきりなしに誘いが来る。また、いまの会社をしかるべき価格で売却できれば、引退も考えられる。その後は、ビジネススクールで教えるのもよい。あるいは、妻とボランティアに従事した非営利団体でフルタイムの仕事に就くという道もある。

 しかし、ニックは日々物足りなさを感じながらも、行動を起こすのは、いまの会社で大型製品の新発売を見届け、株価の行方を眺めてからでよいだろうと考えている。彼に言わせれば、いまは忙しすぎて、価値観と仕事のギャップをどうにもできない。何しろ、数年前から彼は多忙を極めている。