シンガポールを拠点とするAgeing Asia(エイジング・アジア)によれば、アジア太平洋地域における高齢化市場の規模は2025年までに約500兆円に拡大するものと見込まれる。これには高齢者が利用するさまざまなサービスや製品が含まれており、ビジネスチャンスはあらゆる業界に広がっている。
社会健康課題とビジネスの双方において重要性が高いこの領域で成功をつかむためには、どのような視点が必要なのだろうか。アジア最大の高齢者ビジネスネットワークアライアンスを主宰するエイジング・アジア創設者のジャニス・チア氏と、国内外のヘルスケアビジネスに詳しいモニター デロイトの波江野武氏に聞いた。
業務用ゲーム機をリハビリ用途で輸出するバンダイナムコ
――まず、Ageing Asia(エイジング・アジア)について簡単に紹介していただけますか。
チア エイジング・アジアは、2009年に設立されたソーシャルエンタープライズ(社会的企業)です。私たちは、シンガポールを拠点にアジア太平洋地域全体の高齢化市場の可能性に目を向け、高齢化ビジネスにおける各国の公的セクター、民間企業、非営利組織などのアライアンスを主導しています。
かつて、高齢化問題についての議論は、医療モデルに関するものでした。しかし、いまでは議論の焦点は、ビジネスモデルや社会モデルに移っています。また、過去には政府内での議論にとどまっていましたが、現在はビジネスコミュニティや医療・介護業界、地域コミュニティのリーダーとも協力することに焦点が当てられています。
そこでエイジング・アジアでは、欧米先進国や日本を含めて世界各国のベストプラクティスを学ぶ機会を提供し、アジア太平洋地域全体でそうしたインサイト(洞察)や知識の交換を促進しています。
より多くの人々が、より健康的に、尊厳を持ち、自立した状態で年齢を重ねられるよう、高齢者のより良いケア方法を含む新たなビジネスモデル、社会モデルを広げていくことが私たちの目標です。
具体的な活動としては主に3つあります。1つ目は、高齢者ケアモデルについてのグローバルな洞察と知識の交換、およびトレーニング。2つ目は、高齢化セクターで事業展開したい人々を結びつける戦略的パートナーシップの促進。そして3つ目は、市場調査・分析です。

Janice Chia
ファウンダー兼マネジング・ディレクター
――エイジング・アジアでは、アジア太平洋地域の高齢化市場に関する調査レポートを発行していますね。
チア 私たちの予測では、アジア太平洋地域の高齢化市場は2025年までに4兆5600億米ドル(約500兆円)に拡大します。これはヘルスケアだけでなく、ライフスタイル、観光、交通機関、小売り、食品など、高齢者が人生をより良いものにするために費やす支出のすべてを含みます。
波江野 ジャニスさんがおっしゃる通り、高齢者がより豊かで快適な人生を送るための社会課題を解決するには、公的セクターや医療・介護業界だけでなく、民間セクターや地域コミュニティなどさまざまなプレイヤーが連携する必要があります。そして、特にライフスタイルに関する領域については、民間企業においてもたとえば、テクノロジー系企業、鉄道、不動産、食品、保険、そのほかあらゆる業界が関わる余地があります。
ただ、アジアとひとくくりにいっても、たとえば日本、オーストラリア、タイ、インドネシアでは高齢者ケアについて多くの異なるアプローチが取られています。施設と自宅に対する考え方、介護におけるデジタルに対する受容性などは、国や地域によって違いますで。そして、地域ごとに多くのイノベーションが起こっています。だからこそ、私たちはより良い未来のために国境を超えてもっと積極的に学び合い、パートナーシップを築くことが必要です。
その点で、エイジング・アジアの活動はとてもユニークですし、非常に意義が大きいと思います。
チア 私たちは日本の高齢化市場を他の地域と比較するために市場調査や実地勉強会を行っています。そこで気づいたことの1つは、従来は高齢化市場とは無縁だった企業が新たに参入していることであり、もともと高齢化市場にいた企業も新たなビジネスモデルに目を向けているということです。
たとえば、建築業から高齢者向け住宅やグループホームの運営に参入したシルバーウッド(千葉県)では、徘徊防止のために施設の部屋や玄関に鍵をかける代わりに、他の選択肢を提供しています。認知症がある人もない人も自由に暮らせるようにするためです。
地域の人たちは、自由に施設を訪れることができます。親子連れで施設を訪ね、子どもたちが入居者と遊んだり、しゃべったりしている光景が日常的に見られます。仮に認知症の高齢者が施設の外を出歩いていても、地域の人たちがすぐにサポートしたり、施設に連絡をもらえる仕組みがあるそうです。
シルバーウッドでは施設内でレストランも経営しています。このレストランは地域の人たちの交流の場になっていますし、入居者がパートタイマーとして働いているケースもあります。彼らは入居者のクオリティ・オブ・ライフ(生活の質)を中心において、施設を運営しているのです。
また、高齢者向けのカフェの経営を始めた歯科医もいます。来院する高齢者に(食べたものを飲み込みにくくなる)嚥下障害に悩む人が多いからです。このカフェでは、普通の食事とともに飲み込みやすい食事やデザートを提供しており、高齢者が家族と一緒に食事を楽しむことができます。高齢者が外食に出かけることは、リハビリテーションの効果もあります。
もう1つ、バンダイナムコエンターテインメントの例を紹介しましょう。同社は世界中の子ども向けのアーケード(業務用)ゲーム機を手がけていますが、使われなくなったゲーム機の活用法として、高齢者のリハビリテーション用途を思いつきました。ゲーム機を修理して、高齢者施設で使ってもらうのです。リハビリテーション効果については大学との共同研究で検証しており、いまではシンガポールの高齢者施設にも設置されています。