高齢者ケアはコミュニティケアモデルへと必然的に進化する

波江野 ここまでを振り返ると、「ヒト」起点での機器を超えたサービス設計、ケア提供者と高齢者へのトレーニング・動機づけ、国や世代なども含めたユーザーの「ヒト」としての深い理解を通じた市場適応性などについて議論をしてきました。

 これらに加え、XR(仮想現実や拡張現実などの総称)など幅広い業界で用いられている技術、データ活用、行動変容などの考え方について他業界からうまく採り入れること、収集したデータを使って科学的根拠に基づいた方法を推進することも、欠かせないポイントだと思います。

チア おっしゃる通り他業界から学ぶことはとても重要です。高齢化市場では人手不足が深刻ですが、これは他の業界についてもいえることです。他業界で人手不足を補うためにどのようなテクノロジーを活用しているのか、それを迅速に実装するためにどんなトレーニングを行っているのか、私たちが学べることはたくさんあります。

 そして、科学的根拠に基づくテクノロジーの開発・活用も高齢化市場の将来を大きく左右するポイントになると思います。それはスケーラビリティ(拡張可能性)に関わってくるからです。

 高齢者人口の増加により、高齢化市場が拡大することは間違いありません。ですから、将来的に多くの高齢者や介護者がストレスなく利用できる魅力的なテクノロジー、サービス、サポートであることが重要であり、そうしたスケーラブルなモデルを科学的根拠に基づいて構築していくことが、高齢化市場におけるビジネスチャンスを広げることにもつながります。

波江野 高齢化市場の拡大という話は、その市場の人々に適したサービスが提供され、その人たちが積極的に活用するようになってこそ、社会的にもビジネス的にもはじめて意味を持つ議論だと思います。

 日本はソーシャルサービスや政府の諸制度が一定程度整った状態で高齢化社会を迎えましたが、アジアの一部には必ずしもそうではない状況で高齢化社会を迎える国もあります。したがって、それぞれの社会・地域にとって最適なケアをどのような形で提供するかも、重要なテーマだと思います。

 そういった意味でも、高齢者ケアの持続可能性を考える場合、コミュニティを起点としたソリューションの実装がキーポイントになると考えます。先ほどのシルバーウッドの例のように人を中心としたケアモデルを追求していくと、おのずと地域コミュニティを巻き込んだコミュニティベースのソリューションへと進化していくことになります。

 高齢者ケアは生活に関わるものですので、一つの企業や自治体、施設だけで完結できるものではないといえます。実際にロンドン市の「Dementia Friendly London」など、国内外で公的機関と複数の民間企業を巻き込んだ多くの好事例があり、それらは、自治体などがスーパー、医療機関、公共交通機関などさまざまなサービス提供者を巻き込み、高齢者の生活を面で支えるものになっています。

チア まさにご指摘の通りだと思います。いま世界の高齢化市場では、「City for All Ages」(すべての年齢層のための街)や「Dementia Friendly Community」(認知症にやさしいコミュニティ)などが流行語のようになっています。

 シンガポールでは、Tsao財団が郊外でそうしたコミュニティづくりに2013年から取り組んでいます。ComSA(Community Care for Successful Ageing)と呼ばれるものですが、これは健康を生涯にわたり促進し、住み慣れたところで安心して自分らしく年を取ることを可能にすることを目指した、持続的で統合的なヘルスケア・ソーシャルケアの仕組みです。

 これは、介護事業者だけでなくコミュニティ全体が高齢者ケアに関わるモデルです。患者中心のメディカルホーム(Patient-centered Medical Home)と介護事業者が統合する形で、プライマリケアとソーシャルケアを提供することで、高齢者の複雑な課題に対応します。施設に医師がいることで、高齢者と介護をされるご家族が一緒に訪れ、治療法について相談することができますし、高齢者ケアの方法やリハビリテーションのコース等についての相談に乗ってくれます。

 ComSAは、シンガポールの「ワンポア・コミュニティ・クラブ」(Whampoa Community Club)というところにあります。診療所、デイケアセンター、トレーニングセンターに加えて、高齢者が運営するカフェもあります。高齢者がコミュニティの中で役割を担うことができる機会を提供したり、そのために必要なトレーニングを行ったりします。こうしたエコシステムの中で、高齢者が家族や介護・医療のプロに支えられた意思決定を可能にすることにこだわっているのです。

波江野 日本でも京都府が「認知症にやさしい異業種連携協議会」を発足させ、約60の企業・団体が参加するなど、コミュニティケアモデルの構築に向けた動きが出ています。また、経済産業省は「認知症イノベーションアライアンスワーキンググループ」を立ち上げ、産官学連携によって認知症の人や家族が暮らしやすい施策の立案や制度づくりに取り組むなど、さまざまなレイヤーで公的機関が民間を巻き込んだ議論が進みつつあると思います。

 これらがもう一歩進んでいくためには、単なる実証実験止まりではなく、経済合理性の面からも、企業が長期にコミットできるモデルを、公的セクターと民間セクターの双方がさらに連携し、構築していくことが課題です。持続可能なコミュニティケアモデルを構築するには、民間セクターが持つビジネスセンスが欠かせないからです。

チア チームでの在宅医療を行っている悠翔会(東京都)理事長の佐々木淳医師や、地域と強く結びついた高齢者ケアサービスを提供している、あおいけあ(神奈川県)の加藤忠相社長など、日本にも新たなケア起業家が生まれていることを私は知っています。

 高齢化先進国である日本は、これから本格的な高齢化社会を迎える中国やアジアの国々にとって格好のトレーニングスクールになれると思いますし、日本の高齢人口がピークを迎えた後、そのノウハウやサービスを他国に輸出できる大きな可能性があります。

波江野 日本は高齢化先進国といわれて久しいですが、そのテーマに対して世界に参考となるサービスをいままで以上に提供することは、我が国とっても世界にとっても、そして各企業のビジネスにとっても重要であると思います。

 ここまで論じてきた「ヒト起点」「コミュニティ起点」というポイントを念頭におきながら、日本の高齢者ケアのアプローチがより良いものに進化し、それを海外各国の状況に応じて展開することができれば、素晴らしいことだと思います。

――どうもありがとうございました。