人を起点としたパーパス、事業、組織の変革を支援するRidgelinez(リッジラインズ)では、昨年に引き続き大型イベント「TRANSFORMATION SUMMIT 2021」をオンラインで開催した。

DX(デジタル・トランスフォーメーション)に向けてスタートを切りながらも、現実とビジョンの間に横たわる深い谷を超えられない企業が多い中、TRANSFORMATION SUMMIT 2021では「変革の谷を超える」をイベントの全体テーマとして、第一線で活躍する経営者や学識者、各界の専門家らをゲストに招き、2日間にわたって計15のセッションが開かれた。

本稿ではその中から、ライカカメラジャパン代表取締役社長の福家一哲氏、独立研究者・著作家の山口周氏を迎えて、「ブランドとしてどう顧客の価値観をとらえていくか」をメインテーマに展開されたトークセッションの模様をお伝えする。

人はなぜ「不便で高い」
薪ストーブを買い求めるのか

小野 人や社会の価値観は時間とともに移りゆくものですが、特に昨今ではその変化がめまぐるしくなっています。たとえば、サステナブルな社会の実現は人類共通のテーマとなっており、企業やブランドはその文脈において人の価値観の変化をとらえ、能動的に変革していくことが求められています。

 今日は、170年という長きにわたって唯一無二のカメラブランドとして愛され続けてきた「Leica」(ライカ)から、ライカカメラジャパン社長の福家さんをお招きしています。福家さん、まずライカについてご紹介いただけますか。

福家 ライカカメラ社は1849年、ドイツに設立された光学研究所が起源です。1914年に35ミリフィルムの小型カメラを開発し、20世紀のフォトジャーナリズムに貢献してきました。自社で職人を抱え、卓越した職人技と人間工学の結実で最高品質の製品をつくることを企業哲学としています。同時に写真の楽しさを追求することに注力しています。

 日本法人のライカカメラジャパンは2005年に設立されました。光学機器業界では珍しく、直営店を展開しているのが特徴で、国内に11店舗あります。全製品をご覧いただけるほか、修理やメンテナンスのご相談、ギャラリーも併設しています。

 我々のミッションは、ライカの素晴らしさを日本のお客様にお伝えすること、そしてお客様のライフスタイルをサポートすることです。単に製品をお渡しするだけでなく、お客様にプラスの付加価値を提供できるよう、年に1回、社員全員が参加するワークショップを開いて、当社が大切にする価値について議論したり、それをみんなで共有したりしています。

福家一哲
ライカカメラジャパン代表取締役社長
セイコーホールディングス、エルメスジャポンを経て、2007年4月より現職。世界初のライカ直営店であるライカ銀座店、京都の文化・職人技とのマリアージュで話題となったライカ京都店など、ライカストア/ブティックを軸に19世紀創業の名門、独ライカカメラ社の伝統と革新を具現化する。

小野 世界が激動の時代を迎えているのは周知の通りで、人の価値観も大きく変化しています。経済成長一辺倒の時代は終わり、量から質へ、機能から意味へと、低成長の時代において価値観の重心が大きく移ってきているのではないでしょうか。

 山口さんは近著『ビジネスの未来』において、資本主義的成長の終焉や、「高原」というユニークな表現を使って、新しい時代の考え方を説かれています。求められる価値観が変化する中で、我々はどのようにして企業、ブランドとして生きていけばいいのでしょうか。

山口 私が『ビジネスの未来』で書いたのは、20世紀は、世の中に問題がたくさんある時代だったということです。たとえば、昭和30年代の主婦は洗濯に1日3時間もかけていました。当時、洗濯は大変な重労働だったわけです。そのほかにも、冷蔵庫がないから家の中で食べ物を保存できないとか、内風呂がなくて毎日お風呂に入れないとか、不満、不便、不安がいろいろあって、それを解消するのがビジネスの大きな役割でした。ですから、みんな喜んで洗濯機や冷蔵庫、湯沸かし器にお金を払ってきました。

山口 周
独立研究者、著作家、パブリックスピーカー
電通、ボストン コンサルティング グループなどで戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。著書に『ビジネスの未来』(プレジデント社、2020年)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社、2019年)、『世界のビジネスエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社、2017年)など。

 それから50年経って何が起こったかというと、人々が日常生活で困るようなことは特になくなりました。過去のミッションやビジョンはもはや実現されてしまいましたから、新しい時代に人々は何にお金を払うのかということを考えていく必要があります。

 それなりに文明的な暮らしができるようになった時に、人々は何を望むのか。私は「文化」だと思います。何かを表現したり、それをみんなで共有したりすることに喜びを求めるようになるのではないでしょうか。

小野 時間とともに移り変わる人の価値観をどうとらえるべきでしょうか。

山口 世の中を見ていくしかありません。価値観の変化は、いろいろなところに具体的な形で表れています。

 たとえば昨今、新築の家を建てる人、別荘をつくる人の間で薪ストーブが流行っています。薪ストーブは、どう考えてもエアコンより不便です。不便だから安いのかというとそうではなくて、むしろエアコンよりも高価です。つまり、昭和の時代は「便利だけど高い」「不便だけど安い」という選択肢でしたが、いまは「便利で安いもの」と「不便で高いもの」がマーケットに併存している状態だといえます。

 20世紀的な価値観では説明できないものが、マーケットにどんどん出てきていますから、それらをしっかり観察していくことが大事です。