スティーブ・ジョブズの危うさの正体

 ヴァイス・メディアの立ち上げ当初、共同創業者のシェーン・スミスは、創刊間もない雑誌を数部、マイアミのレコード店とロサンゼルスのスケートボード店に送付した。モントリオールを拠点とするこのスタートアップの読者が、北米全土に広がっていると広告主にアピールするためだ。仕事仲間だったある友人は彼に「ほら吹きシェーン」というあだ名をつけたとされるが、まさにそのニックネームにふさわしい行為だ。

 この手のごまかしは、スタートアップの世界では日常茶飯事だ。創業者はたとえ人を欺くことになったとしても、自社サービスや製品のエバンジェリストとして振る舞うことが推奨される。実際、伝説的な創業者たちは、事実をねじ曲げてでも人々を感化する能力があると称賛されている。

 スティーブ・ジョブズは、典型的なスタートアップのピッチマンだ。創業間もない頃のアップルの従業員は、ジョブズのことを「誰でも何についてでも説得できる」と表現した。エンジニアのアンディ・ハーツフェルドによれば、ジョブズには「現実歪曲フィールド」を生み出す力があった。それは「カリスマ的な語り口、不屈の意志、そして目の前の目的に合わせて、あらゆる事実を曲げようとする情熱、それらが複雑に入り混じったもの」だという。