キーワードをヘルスケアから「ウェルビーイング」に

西上 単に病気ではないとか、体が弱っていないといったことだけではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも満たされた幸福な状態を表す言葉として「ウェルビーイング」があります。日本でもヘルスケアを超えて、ウェルビーイングを真正面から考えるべきタイミングに来たのではないかという気がします。

坂本 その点については、未来ビジネス委員会の勉強会での西上さんの講演から大きなヒントをいただき、提言のキーワードをヘルスケアからウェルビーイングに変えようという議論をしています。

 ウェルビーイングをキーワードにすると、より広範囲な企業が関わってきますし、ビジネスのチャンスが広がると思います。ヘルスケアの未来というと、たとえば、リストバンド型のウェアラブル端末で血圧や脈拍を測るといったイメージを抱きがちですが、ウェルビーイングの未来という視点で考えれば、発想が豊かに広がるのではないでしょうか。

西上 未来ビジネス委員会の勉強会でアンケートを取らせていただきました。過去にも講演の機会に同じ内容でアンケートを取ったことが何度かあるのですが、2つの質問については過去の傾向とはかなり違う結果が出ました。

 たとえば質問6の「どの取り組みが一番必要ですか」という問いでは、普通①「壮大な夢を想い、語る。そして、未来を創りたいという渇望感を持つ」、あるいは④「新しいアイデア、強いパッションを持った人材を育てる」が多いのですが、未来ビジネス委員会のアンケート結果では、②「圧倒的なオーナーシップを持って、トライし続ける」が群を抜いていました。勉強会に参加されていたのは経営者が多かったことから、①はできている前提で、②を選ばれた方が多かったのだろうと推測しています。

坂本 私自身は①を選択しましたので、ちょっと意外な結果でしたね。私は①の「渇望感を持つ」という言葉に引かれました。やはりパッションは、年齢を問わず、経営者にも若い人にも必要なものだと思います。

 関西経済同友会は、オーナー経営者が多いことも関係している可能性があります。オーナー経営者は大きな夢を持っていて、後は実行、実現するだけと考えているのかもしれませんね。このアンケート結果には、「やってみなはれ」という言葉に象徴されるような、関西の気風、気概が反映されているという気がします。

西上 私はライフサイエンスやヘルスケアが、日本の成長産業になってほしいと願っているのですが、コロナ禍ではこの領域でもデジタル活用、データ活用が欧米に比べて遅れていることが明らかになりました。

 また、日本の国民皆保険制度は世界に誇るべきものだと思いますが、医療費の個人負担が少ないことで、かえって未病、病気予防への一人ひとりの意識が欧米に比べて少し弱い部分があるのも事実です。

 ウェルビーイングをテーマとして、産業の未来を展望した時に日本にとっての大きなチャレンジは何だと思いますか。

坂本英一
西日本電信電話株式会社(NTT西日本)
代表取締役副社長 副社長執行役員

1986年日本電信電話(NTT)入社。2002年より東日本電信電話(NTT東日本)にて企画部担当部長、同社経営企画部部門長などを歴任後、2011年NTT経営企画部門広報室長、2015年NTTドコモ執行役員法人ビジネス戦略部長、2016年NTT取締役経営企画部門長、2018年同社取締役総務部門長を経て、2020年10月より現職。関西経済同友会「未来ビジネス委員会」委員長を務める。

坂本 ビジネスとしての成長を考えると、一つはグローバルにどうスケールさせていくかということでしょうね。これはどんなビジネスにとっても共通のテーマではあるのですが、ヘルスケアとかウェルビーイングに関連する分野は特に重要であり、かつ難しいことです。

 たとえば、遺伝形質や食生活の違いによって、日本人に適合しても、海外の方に適合しないものはあるかもしれません。また何より、それぞれの国によって社会の諸制度や法規制は異なります。そういう意味では、法規制が比較的自由な国での展開や、海外で水平的に広がる領域での展開などを考えないと、グローバルにスケールすることは難しいと思っています。

西上 たしかに身体的な特性や文化を含めて、さまざまな違いを乗り越えるのは難しいですし、日本企業としては大きなチャレンジですね。個別企業では、克服できない問題もありそうです。

坂本 そこは、産官学がしっかりとスクラムを組みながら乗り越えていくしかないでしょうね。産業界だけではいかんともしがたい問題は、学界、官界と一緒になって知恵を出し、汗をかく必要があると思います。

 たとえば、個人のヘルスケアデータや活動データを収集して、それを生活者全体のウェルビーイングの向上に活用しようと考えると、国内だけで考えてもクリアしなければならない課題が山積しています。

 ましてや、海外でも同じようにデータ活用を進めていくとなると、プライバシーや知的所有権の保護などを含めてさらにハードルが上がります。国家間での協議やルールづくりが欠かせませんから、そこは政府の力を借りざるをえません。