現場をよく知る社員が
AIを活用した新サービス開発に貢献

 セミナーの最後を締めくくったのが、三井住友海上火災保険社長を務める舩曵真一郎氏と、AIスタートアップ、シナモンAI代表の平野未来氏である。2人は「競争優位につなげるAI経営の実践と可能性」をテーマに語り合った。

三井住友海上火災保険
取締役社長 社長執行役員
舩曵 真一郎

 舩曵氏は日本企業の経営者としては珍しいCIO、CDOの経験者である。CDO時代の2020年、三井住友海上は損害保険業界では初めてとなるAIを活用した代理店向け営業支援システム「MS1 Brain」を全店に展開した。これは、契約内容や顧客に関するデータを基にAIがそれぞれの顧客に最適な保険商品を、顧客に提案する最適なタイミングと併せて代理店に教えてくれる仕組みである。日本の損害保険会社のビジネスモデルが代理店と共に発展してきたことを踏まえ、代理店営業をAIで強化することが適切と判断したという。

 現場にはまだ「AIは人の仕事を奪う」という意見を持つ人たちも残るが、AIと人の関係は「共創」で発展すると、平野氏は認識している。任せられる仕事はAIに任せ、人間は人間でなくてはできない仕事に集中する。これが世界の今後の働き方になるという考えだ。とはいえ、AIと共に働きながらのビジネス成長を社員全員が共有するには、導入側からの働き掛けも必要だ。舩曵氏もこの点では「AIが自分のビジネスにプラスになることを理解し、納得してもらうことが重要」と同意する。

 多くの企業がデジタル人材の育成に取り組むのも、社員側のスキルアップがなければ、平野氏の言う共創の好循環をつくることができないためだ。その意味で、CDO時代の舩曵氏が取り組んだことは参考になる。2019年度から、三井住友海上は新しいビジネスアイデアを募集する「デジタルイノベーション チャレンジプログラム」を始めた。その初年度には1200件の応募があり、14件が採用された。この審査では社内の特定部門ではなく、外部のコンサルタントの力を借りている。これは革新的なアイデアが見過ごされることのないよう、無意識のバイアスを排除しようと考えたためだ。

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舩曵氏が三井住友海上のチャンレンジプログラムで実際に採用されたアイデアのひとつとして紹介した「ドラレコ・ロードマネージャー」

 このプログラムで実現したアイデアとして、舩曵氏は2つの事例を紹介した。1つは「ドラレコ・ロードマネージャー」である。最近の自動車保険の中には「ドラレコ特約」という、ドライブレコーダーを契約者に貸し出すものがある。三井住友海上は、装置に蓄積される路面状態に関するデータをAIが分析し、自治体の道路メンテナンスに役立ててもらうサービスを開発した。もう1つは畜産農家向けの牛の診療費補償サービスで、牛の行動モニタリングシステムに保険を付帯したものだという。2つは自分たちの顧客課題の発見が、新しいサービスの実現につながった好例といえるだろう。