「企業理念実践経営」✕「資本コスト経営」✕「ESG経営」

馬野 オムロンの考える持続的な企業価値創造を促すビジネスモデルとは、どのようなものでしょうか。

安藤 サステナビリティ経営の本質を因数分解すると、「企業理念実践経営」✕「資本コスト経営」✕「ESG経営」になると私は考えています。

 オムロンにおける「企業理念実践経営」は、先ほど述べたように企業理念から長期ビジョン、中期経営計画、そしてステークホルダーからのフィードバックにつなげる自律的なマネジメントサイクルによって成り立っています。

馬野 御社の山田義仁社長は、「企業理念実践経営は、トップダウンで行うものではない」という趣旨の発言をされています。社員が自主的にチームを組んで事業活動を通じた企業理念実践の取り組みを宣言し、1年かけてそれを実行して、その中から優れた取り組みを表彰する「TOGA(The OMRON Global Awards)」は、ボトムアップで企業理念を実践する仕組みですね。

安藤 経営陣が企業理念や長期ビジョンなどを策定し、グローバルに組織全体をリードしつつ、現場の社員が価値創造を実践するというのがオムロンの考え方です。トップダウンのみでは企業理念を実践することはできません。多様な社員がグローバルに一体感を持ちながら、かつ一人ひとりが自律的にテーマを考え、共感し共鳴して行動するために「オムロングループマネジメントポリシー」を定めています。もちろんTOGAもそのようなボトムアップの活動の重要性を意識した活動の一つです。

オムロン
取締役

安藤 聡氏
オムロン取締役として社長指名諮問委員会、人事諮問委員会、報酬諮問委員会の各副委員長を務める。1977年4月東京銀行(現三菱UFJ銀行)入行。同行ジャカルタ支店長などを経て2007年オムロン常勤監査役に就任。2011年執行役員経営IR室長、2015年執行役員常務グローバルIR・コーポレートコミュニケーション本部長。2017年より現職。

 TOGAは2012年にスタートしましたが、1人で複数のテーマに取り組む社員もおり、2021年度の延べ参加人数はグループの全社員数を大きく上回る約5万1736人、テーマ数6944件でした。TOGAは、社員の自発的な企業理念実践のチャレンジを促し、そして全社員で共有し称賛し合うプロセスとして完全に定着し、グローバル各エリアで工夫をこらした形で運営されています。概要についてはホームページで公開していますので、ぜひご参照いただければ幸いです。

 因数の2つ目である「資本コスト経営」について、オムロンではROIC(投下資本利益率)を軸にして展開しています。ROIC経営は資本コストを意識して、持続的に稼ぐ力を発揮するために欠かせない視点であり、PL中心の経営からBS&CFを重視する経営にシフトチェンジする目的で2013年度に本格導入しました。

 ROIC経営に関しても、企業理念実践経営と同様に経営陣がトップダウンで啓発するだけでなく、社員それぞれが自分事として取り組めるよう「ROIC逆ツリー」を考案しました。これは、ROICの構成要素を分解したうえで、ROIC改善のドライバーを売上総利益率や付加価値率、製造固定費率といった現場でもイメージしやすい指標で示しています。さらに、製造固定費率であれば1人当たり生産台数や自動化率(省人数)といったKPIにまで分解して、社員の成果管理上の目標とROIC向上の取り組みが直接つながるようにしています。

馬野 会社全体で目指す資本コスト改善と各現場での活動KPIの関連がロジカルに示され、共有されることで、経営と現場が同じ目標に向かって取り組めるようになりますね。

 3つ目の因数である「ESG経営」については、どのような点に留意されていますか。

安藤 ESG経営はESGファクターである「環境」「社会」「ガバナンス」を統合的かつ自律的に強化するものであり、経営陣は事業を通じて実現するテーマとステークホルダーから取り組みを期待される幅広いテーマに目配りすることが求められます。

 現在のVRF(価値報告財団)、すなわち旧IIRC(国際統合報告評議会)の国際統合報告フレームワークは、長期的な価値創造を目指す「統合思考」(インテグレーテッド・シンキング)を徹底することにより組織の縦割りを打破し、企業全体としてつながることを啓発しました。

 ESG経営では、このインテグレーテッド・シンキングを企業価値創造や事業運営に実装していく必要があり、各所管部門が役割分担しながら、一方で、それぞれの取り組みが全体として一体化されているのかを常に意識しています。

 サステナビリティ課題や非財務KPIなどは経営陣と事業部門が十分に議論し、現場とも何度もやり取りしたうえで、取締役会において決議しています。サステナビリティの取り組み推進はCEOではなく取締役会が共同して責任を負うことを宣言しており、社内取締役と執行役員の報酬に第三者機関によるサステナビリティ評価や「E」(環境)および「S」(社会)に関わる社内目標に対する達成度を連動させて決定しています。こうした報酬ガバナンスの仕組みを導入して経営陣が本気度を示すことにより、社員もESG経営の推進は建前ではないと納得して能動的に取り組んでいます。

馬野 サステナビリティをいかに成長戦略やビジネスモデルに組み込み、各事業部門のKPIにまで落とし込んで、誰が何の責任を負うのか、経営とガバナンスの役割分担まで含めて明確に整理されているのですね。では、オムロンがサステナビリティ経営を実践してきた成果として、どんなことが挙げられますか。

安藤 株主や機関投資家からは「オムロンは生まれ変わった」という評価をいただくことがあります。まだまだ課題がありますが、ESG投資のグローバルな指標である「DJSI World」(ダウ・ジョーンズ・サステナビリティ・ワールド・インデックス)の構成銘柄に5年連続で選定され、セクター内で着実に評価が向上しており、著名なグローバルインデックスのほとんどに組み入れられています。

 こうした外部評価の向上が、経営陣はもちろん、グローバル全体で社員起点でのサステナビリティ経営をさらに進化させる好循環を生み出しています。そのことは、2022年3月に公表した2030年に向けての長期ビジョン「SF2030」(*2)をご覧になれば実感していただけると思います。