適切な情報開示によって、資本コストが下がる
馬野 サステナビリティ経営という文脈では、ここ数年、さまざまな非財務情報の開示要求項目が追加されています。たとえば、2021年6月にコーポレートガバナンス・コードが改訂され、東京証券取引所プライム市場の上場企業は、気候変動がもたらすリスクと機会に関してTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)、またはそれと同等のフレームワークに基づく開示を求められるようになりました。企業からは戸惑いの声も聞こえてきます。
安藤 サステナビリティ経営は企業が自律的に実践するもので、社外のステークホルダーから提起されたから取り組む性格のものではないはずです。企業が持続的な価値創造を実現するための課題や具体的な目標をオートノミー(自律)を発揮して定め、その進捗を管理するためのKPIを設定していれば、TCFDなどさまざまな外部の関連団体が設定するフレームワークに沿った形で開示することは大きな負担になりません。
馬野 何を開示するのかではなく、何をやりたいかが先にあるべきだということですね。その意味では、開示要求の背景を理解することも重要だと思います。企業への期待が、短期的な財務リターンから長期的な価値創造に変わってきたことで、長期的にありたい姿と現在のギャップをどう埋めていくのか、その価値創造プロセスを具体的に説明してほしいというのが、現在の投資家のニーズです。

サステナビリティ開示推進室長
馬野隆一郎氏
EYのメンバーファームであるEY新日本有限責任監査法人のパートナー。公認会計士として2007年から2009年までロンドン駐在経験を持ち、現在はグローバルに事業を展開する製造業(素材、自動車部品、消費財)、テクノロジー、小売業の監査業務を担当。日本公認会計士協会企業情報開示委員会/保証実務専門委員会委員。EY新日本サステナビリティ開示推進室長として、企業の長期的価値(Long-term value:LTV)創造を支援するため、LTVに関する施策の推進を担当。
また最近は、何に取り組み、結果はどうなったのか、課題を含めた開示を求める声を耳にします。つまり、投資家は開示を通じて経営者の取り組みの「本気度」を知りたがっているのだと思います。
安藤 経営者が本気で議論したうえでコミットした目標なのか、単なる願望でしかないのかは、極めて大きな違いがあります。きちんとしたコミットメントであれば、なぜ目標を達成できなかったのか、投資家から指摘される前にみずから課題に気がついて軌道修正する変化対応力が発揮できます。
そのような企業であれば、投資家も「経営の自律が機能しているから安心して長期に株式を保有できる」と判断でき、あれこれと注文をつけなくても開示された経営情報を定点観測するだけでモニタリングは十分であることを確信できるはずです。オムロンは株主から信頼され、長期にわたり株を保有してもらえるのが理想であると考えています。
なお、情報開示にはコストがかかると及び腰になる企業もありますが、適時・適切な開示によって持続的な価値創造プロセスを投資家に理解してもらうことができれば、必ず資本コストが下がります。情報開示を行う企業の資本コストは、行わない企業と比べて0.3%下がるという実証研究があります。
オムロンは自発的にさまざまな経営情報を開示しているので、0.8%の資本コスト低減効果があると認識しています。オムロンの資本コストは5.5%ですが、日本企業全体の資本コストも、おおむね5〜7%ですので、0.8%の効果は相応に大きく、結果として株価にもプレミアムが上乗せされます。
馬野 開示はコストではなく、リターンをもたらす投資だということですね。たしかに、サステナビリティへの適切な取り組みは企業のレジリエンスを高めるといわれますので、投資家にとっては資本コストを低く評価できる、ということにつながりそうです。サステナビリティ開示に対するリターンについての質問をよく受けますが、これは一つの明確な回答になりますね。
最後に、企業が長期的価値を創出していくうえで、非財務情報、特にサステナビリティ情報開示に対して監査法人などの第三者機関が果たすべき役割について、ご意見を伺えますか。
安藤 企業自身が財務・非財務の開示情報に責任を持つのは当然のこととして、今後はどのようにサステナビリティ情報の信頼性を担保していくかが重要になります。オムロンは2015年版「統合レポート」から重要な非財務情報に第三者保証をつけていますが、IAASB(国際監査・保証基準審議会)など関係機関の動向を見ると、近い将来、監査法人が保証の担い手になることを期待されているように感じています。
私は社外取締役や社外監査役、監査法人と定期的にミーティングを行っていますが、それは自社の経営の実態や課題を第三者の視点を知ることにより把握するためです。監査法人は、会計監査やJ-SOX監査を通じて経営の強みと課題をよく理解しています。企業経営の実態について深い知見を有する監査法人には、財務情報だけでなく、サステナビリティ関連情報の保証についても関与していただくことを期待しています。
馬野 私たちは監査において、企業の財務数値に対する監査手続を実施する前に、常にまずビジネスを深く理解することから取り組みます。同業他社や他業種との比較から強みや課題を浮き彫りにするという点で、企業開示やその取り組み支援に対する私たちへの期待が大きいこともひしひしと感じています。
また、ご指摘の通り、非財務情報のより広範な、かつ財務情報と整合性のとれた開示、ならびにサステナビリティ情報の信頼性を担保するための保証ニーズが国際的に高まっています。たとえば、気候変動のリスクと機会を分析したら、それに呼応して事業戦略を変える必要がありますし、その結果が企業価値に大きく影響する場合もあります。財務情報と非財務情報は切っても切れない関係にあり、非財務情報を含めた開示情報の網羅性、正確性、整合性、信頼性は、投資家にとっても経営者にとっても今後ますます重要になります。
EY Japanとしても、ESG関連の開示への取り組みを積極的に行っており、ESG課題に対する自社のKPIを設定し、その進捗を実証するための統合報告(*3)を始めました。EYが目指す持続可能な長期的価値の創出をさらに加速させるため、「ステークホルダー資本主義指標」に基づいたみずからのKPIを設定し、その達成の進捗を実証していく取り組みの一環です。
EYのパーパス(存在意義)である「Building a better working world〜より良い社会の構築を目指して」の実践に向けて、私たちEYの強みであるサービスラインの枠を超えたグローバル連携を通じ、長期的価値の創出に取り組むクライアントに対して、「One EY」体制でさらに貢献していきたいと考えています。
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