ROI重視ではなく、スピード重視の組織文化の定着が重要

室住 実際に我々がプロジェクトを支援する際には、必ずと言っていいほどROI(投資収益率)の話が出てきます。競争優位性の獲得の前に、財務的リターンで投資を判断する傾向にあり、それで大胆な投資を決断できないのでないかと私は見ています。

根来 ROIは分母の「インベストメント」(投資)を減らせば当然上がるわけで、分子(成果)を増やすのではなく、投資を減らす方向にいくことがあるので、注意が必要です。加えて、ROIをプロジェクトごとに評価していることも問題です。

 本来、ROIは個別プロジェクト単位ではなく、事業単位で考えるべきです。優れた企業は、個々のプロジェクトの採算管理はしっかり行いながら、事業全体の長期的なROIを優先的に考えていると思います。

根来龍之
TATSUYUKI NEGORO
早稲田大学ビジネススクール教授
早稲田大学IT戦略研究所所長
京都大学文学部卒業(哲学科)。慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了(MBA)。鉄鋼メーカー、文教大学などを経て2001年から現職。この間、英ハル大学客員研究員、米カリフォルニア大学バークレー校客員研究員として、在外研究。経営情報学会会長、国際CIO学会副会長、組織学会理事、CRM協議会顧問、大学院大学至善館学術顧問などを歴任。著書に『ビジネスモデル』( SBクリエイティブ、2020年)、『集中講義 デジタル戦略』(日経BP、2019年)、『プラットフォームの教科書』(同、2017年)など多数。

 何が事業全体の長期的なROIを高めるかといえば、結局のところ競争力です。競争力があるからROIが上がると考えるべきであって、ROIを上げること自体を目的化すると、かえって競争力が劣化する可能性があります。投資を減らせば短期的なROIは上がるからです。

 仮に短期的なROIは低くても、事業全体の競争力向上のために必要ならば、投資判断を下すべきです。

室住 同感です。DXにおける先進企業を見ると、CDO(最高デジタル責任者)やビジネスユニット長が権限と責任を持ち、一定の投資判断を下しています。欧米型経営モデルでは権限と責任の範囲が明確なので、DXに限らず投資判断をスピーディかつ大胆に行いやすい面があります。

根来 経営スピードの重要性がどのくらい文化として根付いているかという問題があります。スピードよりも社内手続きを重視すれば、当然スピードは落ちます。「ルールだからしょうがない」「ルールを守りながら、うまく進めよう」という企業には、スピードに限界があります。

 日本企業の中にも、カンパニー制を導入し、大胆に権限を委譲して成功している企業もあります。やはりスピード重視の文化や組織制度をつくることが重要です。

 日本企業は、予算を細かく管理しすぎる問題もあります。必要な投資は当初予算に組まれていなくてもやるという決断がどこまでできるかが、スピーディな投資判断と実行につながります。

上平 たしかに、日本では予算を細かく管理し、短期的なROIを重視する傾向にあります。社内で予算を通すには詳細な説明を求められますが、競争優位性といった定性的評価については客観的な評価が難しく、現場では説明のしやすいROIの評価に固執しがちです。

 データ活用基盤やAIソリューションに投資しようとした時、その効果を正確に試算することは困難なので、長期的な視点で競争力強化にどうつながるかという理論武装が重要なポイントになってくると思います。

DX予算を社内ファンド化し、
DX人材は専任組織に集約

室住 DX推進組織の機能について議論したいと思います。従来の経営学の文脈においてIT部門はあくまでも支援組織でした。では、DX推進部門は支援組織なのか、あるいは間接部門なのか、はたまた戦略を司るブレーンなのか。そこが定まっていないように見受けられます。

室住淳一
JUNICHI MUROZUMI
デロイト トーマツ コンサルティング
執行役員 Advance Artificial Intelligenceユニットリーダー
外資系・国内系コンサルティング会社を経て現職。AI技術を活用した新規事業創出、業務の高度化、AI基盤構築等、企業のDX推進へのコンサルティングに従事。DX立案・遂行、ビッグデータ、AI、IoTのビジネス活用に強みを持つ。『機械学習・人工知能 業務活用の手引き~導入の判断・具体的応用とその運用設計事例集』(情報機構、2017年)など著書・寄稿多数。

 これまでの企業組織というのは、バリューチェーンに基づいて機能ごとに分解した組織構造が中心でしたが、DXという新しい概念に組織構造や社内ルールが適合していないため、戸惑いが生じていると感じられます。

根来 多くの日本企業がDX推進組織を持っていますが、一番よくないのはDX推進組織ができたとたんに、「DXの方針を示してくれたら、それに従います」と事業部門側が思考停止に陥ってしまうことです。

 ビジネスの競争力をつくっていくのは、結局は現場です。つまり、現場で実際に事業活動に携わっている人や、顧客に接している人が、競争力の強化について一番よくわかっているはずで、データ活用によって競争力をどう強化していくかは、根本的には事業部門の課題なのです。

 DX推進組織が果たすべき役割は、「こういうフレームワークで考えてください」とか、「DX予算が必要であれば、相談してください」、あるいは「ソフトウェアやシステムを選ぶ時には相談に乗ります」といったように、事業部門だけではカバーし切れない部分を補うことであって、データ活用はあくまでも現場がやることだと私は思います。

室住 おっしゃる通りです。日本ではボトムアップで予算を積み上げている企業が多いと思いますが、一つのアイデアとして、DXに関しては社内ファンド的に予算を一括管理するという方法があります。会社全体としてのDX予算をプールし、競争優位性や顧客価値を高めるための投資を迅速に意思決定できる仕組みにするのです。

 もう一つは、人的リソースについてです。根来先生がおっしゃるようにデータ活用は現場でやるべきことですが、現実問題として事業部門ではAI人材が圧倒的に不足しています。この問題も、予算と同じようにDX推進部門で一括管理するのが、一つの解決策ではないかと考えます。

 社内のAI人材やデータサイエンティストをDX推進組織に集約し、事業部門がDXプロジェクトを実施したり、AIを開発するといった場合には、DX推進組織が人的サポートを行うのです。

 主要な経営資源であるヒト・モノ・カネのうち、DXに関するヒトとカネについてはCDOが統括するわけです。