つながる産業構造を前提に、本業を再定義する

白坂 新しい価値をつくるには、デジタルでつなげていくのがポイントです。たとえば、モビリティにしても、これからは車そのものの価値だけで完結する時代ではなく、病院を予約すると自動運転車が家まで迎えに来て、渋滞で遅れそうになったら病院の予約システムにつながって予約時間を変更するといったように、システム同士がつながることで新しい価値が生まれます。人起点でそれぞれに合ったつなぎ方ができるのはデジタルだけです。

 アカデミアはこれまで特定の研究分野を深めるのが主な役割でしたが、これからは産学連携・業界横断で体系化する役割を担う必要があると思います。

松江 新たな価値創造のために業界をデジタルで横断的につなぐということは、産業構造そのものがつながるということです。これは、“脱自前”の大きな契機となります。自前で完結させてきたやり方を見直し、目的を共有できる相手と連携することで、みずからの本来の強みを発見するのが、脱自前の第一歩だからです。

 企業は、つながる産業構造を前提に、脱自前で自社の強みに特化し、本業を再定義すること、さらに需要者起点で体験価値を創造すること、それが、日本の成長戦略に求められるのだと思います。

経済システム全体の価値循環をデザインする

松江 これからの日本において、人口減少していく中で経済成長をどう考えるか。私は“循環”がキーワードになると考えています。人の数が減っても、経済の活動量を増やす“回転”と、そのデータや知見を“蓄積”することで質を高めて価格を上げ、それによって全体の付加価値を高めていく。言わば、「回転と蓄積」によって経済の規模と質を両軸で高める成長シナリオが描けないか、と考えています。

 先ほど白坂さんが触れられた、病院の予約システムの話も、まさに医療×MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)という循環の可能性を示唆する例だと思います。

 高齢化が進む茨城県境町では公共交通インフラが脆弱でしたが、2020年11月から自動運転バスの運行を開始し、病院や学校、役場、ショッピングセンターなどを結ぶルートを走らせています。交通弱者の支援という目的を自動運転バスという新たな手段で実現したことで、循環モデルによって人の動きが生まれました。このケースは、経済の質と規模の両方を高めるられることを示しています。運行会社の試算によると、2021年12月までの約1年間で境町が負担したコストは2億円。これに対して、経済効果は6億円だそうです(*)。

松江英夫デロイト トーマツ グループ 執行役 CETL(Chief Executive Thought Leader)

経営戦略・組織改革/M&A、経済政策が専門。フジテレビ『Live News α』コメンテーター、中央大学ビジネススクール客員教授、事業構想大学院大学客員教授、経済同友会幹事、国際戦略経営研究学会常任理事。著書に『「脱・自前」の日本成長戦略』(新潮社、2022年)、『日経MOOK グリーン・トランスフォーメーション戦略』(日本経済新聞出版、2021年、監修)、『両極化時代のデジタル経営——ポストコロナを生き抜くビジネスの未来図』(ダイヤモンド社、2020年)など多数。

白坂 境町の場合は、自動運転バスのユーザーと運行会社、地域社会などのステークホルダーの間で価値が循環し、三方よしの状況を生み出しています。人、情報、価値の循環を最初からアーキテクチャーに組み入れてデザインしたことが、大きな成功要因だと思います。

 人間中心に設計されたこうした一つひとつのシステムを、大きなシステムとしてつなげるシステム・オブ・システムズを構築することができれば、政府が目指している「Society 5.0」を実現できます。その意味で、Society 5.0とは日本社会全体の循環モデル化と言うこともできます。

 循環モデルは、動的に変化しながら価値が循環するシステムです。医療×MaaSが実現できれば、車だけでなく飛行機や船舶、レストランとつながるかもしれません。何と何をつなげて、どう価値を生むかがこれからの産業の主戦場であり、つながった体験価値をどう設計できるかが競争優位の核になるでしょう。

松江 まさにその通りです。循環モデルはあらゆる産業で求められると思います。

 たとえば、観光産業においては、観光地の名所を“周遊”する循環モデルをつくることで、旅行者の満足度を高めながら、滞在期間を延ばし消費を喚起することもできますし、観光地の働き手にとっては効率的な稼働につながり、働く時間の繁閑の解消にもつながります。

白坂 観光業と農業のモデルをつなげる視点もあります。たとえば、ANAグループは、ワーケーションで地域に滞在しながら仕事をする人が、仕事の空き時間に農作業に従事し、収穫した野菜を大都市圏に空輸して、朝採り野菜としてプレミアムをつけて売ることを目指した「アグリ・スマートシティ」の実証を行っています。

松江 これからの日本においては、人の循環も大事です。

 多くの経営者が頭を悩ませているのが、高齢者やベテラン社員の活かし方です。中高年の働き方に選択肢をもっと増やせればダイナミズムが生まれるはずです。たとえば、週3日はいまの会社で働いて、ほかの2日は、地方企業の参謀役として働いてもいいし、起業してもいい。そのように複線型でオープンな働き方が可能になれば、ベテラン社員の知見を地方企業やベンチャーで働く若手に循環させることができます。

白坂 宇宙開発は経験に裏打ちされた知識が物を言うため、宇宙ベンチャーでは大手企業出身のベテラン社員が数多く活躍しています。他の産業でも、ベテランと若手がもっと組むようになればいいですね。

松江 東京・墨田区の町工場だったプレス加工・板金メーカ−の浜野製作所は、スタートアップとコラボレーションすることで、新規事業が伸びたそうです。スタートアップには斬新なアイデアがありますが、ものづくりの技能がない。脱自前で互いの強みを組み合わせることで、ともに成長できた例です。

白坂 宇宙ベンチャーでは、浜野製作所や神奈川県茅ヶ崎市の由紀精密にお世話になっている企業が多いですよ。スタートアップと組んで新しいことに挑戦すると、中小企業の側も社員のモチベーションが上がり、入社希望者が増えるなどいろいろなメリットがあるようです。

松江 “循環”というと、一般には物の循環に注目しがちですが、私は、「モノだけでなく、ヒト、カネ、データのすべて」を循環させて、価値を創出する発想が求められていると思います。

白坂 ポイントは、目線の高さですね。サーキュラーエコノミーは物の循環であり、物を起点に環境への負荷を減らそうということですが、需要起点で経済システム全体として価値循環を同時にデザインすることが重要です。

 宇宙開発戦略本部のような司令塔と、茨城県境町のような成功事例をもとに、経済システム全体のデザインと実証を両輪で進める必要があります。

松江 デジタルの力でシステム全体をつなげて価値を生む循環をつくる、その第一歩が“脱自前”で、“脱自前”と“循環”は一連の関係にあります。

 これからの日本では、産官学が横断的につながりながら、経済システム全体として、需要起点で価値を生み出す「価値循環」をデザインする、そこに成長の要諦があると思います。

*境町 自動運転バス実用化 2021年度安定稼働レポート
https://www.softbank.jp/drive/set/data/press/2022/shared/20220208_02.pdf