人的資本情報開示の流れが、いよいよ日本にも押し寄せてきた。投資家からの要望に呼応して政府も制度設計を急ぐが、企業の人事部門からは「どこから手をつければいいのか」と戸惑う声が聞こえてくる。企業変革と連動した戦略的な人事・組織のDX(デジタル・トランスフォーメーション)を支援するRidgelinezの小野圭史氏に、真の人的資本経営へのロードマップを聞いた。
パーパスから人材戦略へ
統合的な価値創造ストーリーを
いまなぜ人的資本経営が求められているのか。端的に言えば、物や金といった有形資産が価値を生む時代から、人の持つ知識やスキルあるいはデータといった無形資産が大きな価値を生む時代に変わったからだ。
政府公表の資料によれば、企業価値に占める無形資産の割合(2020年時点)は、米国(S&P500企業)の90%に対して日本(日経225企業)は32%(*1)にすぎない。この格差の根本的な要因が人材投資の差であり、日本企業の人材投資(研修費用)はGDP比で米国の約20分の1(*2)という低水準である。だからこそ、企業価値に敏感な投資家が判断材料として人的資本に関する情報を求めているのだ。
「今後、この動きが止まることはないでしょう。市場との対話において人材投資とその成果がますます問われるようになります」。こう語るのは、リッジラインズの小野圭史氏である。

プリンシパル
ピープル&オーガニゼーション トランスフォーメーション
小野圭史氏
KEISHI ONO
だが、企業の人事部門からは「どこから手をつければいいのかわからない」という困惑の声が聞かれる。人材関連の情報はさまざまなシステムに散在しているうえ、紙で保存されていることも多い。データの所在を把握し、それを集めるだけでも大仕事なのだ。
さらに、「投資であるからにはリターンを測定し、それを最大化する施策を打たなければなりません」(小野氏)。定量化が難しい人材投資の成果をどう測定するか。それも、人事部門にとって大きな悩みとなっている。
その解決策として真っ先に頭に浮かぶのは、人事業務のデジタル化だ。リッジラインズと日本CHRO協会の共同調査によれば、人事業務のDXで先行している企業では、そのうち50%で人事部門が積極的にプロジェクトをリードしているのに対して、後追いの企業ではその割合が9%に留まっている。
「真の人的資本経営を実現するためには、人事部門がDXプロジェクトに主体的に関わっていく必要があります」。小野氏はそう指摘する。
真の人的資本経営実現に向けてのチャレンジとして、小野氏が挙げるのは、「人的資本経営ストーリーの構築」「データドリブンなHR(人事)への変革」「個の価値観をとらえる新たな枠組み」の3つである。順を追って説明しよう。
「人的資本経営ストーリーの構築」とは、「企業としてのパーパスを中心に置きながら経営戦略と人材戦略をしっかりとリンクさせ、人材投資が事業価値の創造へとつながるストーリーを統合的に描くこと」(小野氏)だ。