サマリー:国の政策によってトップダウンで決まるヘルスケアシステムを、患者や生活者の立場からボトムアップで組み立てられるソリューションミックスへと転換することが、日本全体のウェルビーイングを高めるために欠かせない... もっと見る 閉じる

文部科学省の「革新的イノベーション創出プログラム」に採択された、ナノマシンによる「体内病院」研究の産官学連携プロジェクトのリーダーを務めた東京大学特任教授の木村廣道氏は、これからのヘルスケアは予防と治療を一体的に提供するものとなり、生活者一人ひとりのライフスタイルに合わせたソリューションミックスを提供していくべきだと語る。

そうした未来に向けたイノベーションをどう創出し、ヘルスケアソリューションをデザインしていくべきなのか。木村氏と、デロイト トーマツ コンサルティングでライフサイエンス/ヘルスケアをリードする3人の議論から展望していく。

理系のPh.D.と米国MBAを取得した日本人第1号

増井 木村先生は薬学部で博士号を取得された後、ビジネスの世界に進まれたのですね。

木村 東京大学大学院で薬学の学位を取った後、協和発酵工業(現協和キリン)に研究職ではなく、総合職として入社しました。東大で薬学のPh.D.(博士号)を取った後に研究者の道を選ばなかったのは、私が2人目だと当時の先生にいわれていました。

 協和発酵では本社の研究開発の部署にいたのですが、各研究所のデータや医薬品のライセンスに関するデータなど、薬に関するあらゆる情報が集まってくるのでとても勉強になりました。ただ、私は大学で研究ばかりやっていたのでビジネスの知識がありませんでした。まずはビジネスの世界を知らないと戦略を立てられないと考えて、毎日のランチは違う会社のビジネスパーソンと一緒に食べ、見聞を広めようと考えました。

 協和発酵の本社は東京・大手町にあり、高校の同級生たちが結構大手町で働いていました。大学の同級生はほとんどが研究者になっていましたが、高校の同級生は社会人としては私より先輩です。彼らのツテでいろいろな人を紹介してもらい、違う会社の人たちとのランチを2年間続けました。これでずいぶん人脈が広がり、さまざまな分野の業界地図が頭に入りました。

 そうこうしているうちに、高校の同級生の何人かが米国のビジネススクールへの留学から帰って来ました。当初は、会計や簿記を勉強するのがビジネススクールだと思っていたのですが、よくよく話を聞いてみると戦略やリーダーシップなどビジネスについて本格的に学べるというので、ぜひ行ってみたいと思いました。ちょうど、協和発酵もビジネススクールの留学制度を立ち上げたところだったので応募しようと思ったのですが、文系のためのプログラムなので、理系の私は対象外だと言われました。

増井 まだ、そういう時代だったんですね。

木村 それでも諦め切れなくて、自分で勝手に何校か応募したら全部合格しました。米国のビジネススクールは多様性を重視します。日本からの理系の応募が少なかった時代ですし、Ph.D.を持っているということで珍しがられたようです。それで、英語の成績は多少悪くても合格できました。

木村廣道Hiromichi Kimura
東京大学 未来ビジョン研究センター 特任教授
ファストトラックイニシアティブ代表取締役社長
東京大学薬学部卒業。1979年同大学大学院薬学系研究科博士課程修了(薬学博士)。1985年米スタンフォード大学大学院ビジネススクール修了(MBA)。協和発酵、JPモルガン(VP,M&A)を経て、アマシャムファルマシアバイオテク(日本法人)代表取締役社長、日本モンサント代表取締役社長を歴任。2000年ライフサイエンスマネジメント(現FTIイノベーションズ)を設立し、代表取締役社長(現任)。2004年ファストトラックイニシアティブ設立。2002年より東京大学大学院薬学系研究科ファーマコビジネス・イノベーション教室特任教授を経て、2018年11月より現職。文部科学省/科学技術振興機構(JST)「革新的イノベーション創出プログラム」拠点COINSプロジェクト統括(2013〜2022年)。2011年一般社団法人医療産業イノベーション機構を設立し、理事長(現任)。

 結局、会社派遣にしていただき、スタンフォード大学のビジネススクールに入学したのですが、行ってみると半分くらいは理系出身者でした。留学から帰国したのは1985年で、日本ではバブル経済が始まろうとしている頃。サイエンスのPh.D.と米国のMBAを両方持っているのは、どうやら日本では私が第1号だったらしくて、ヘッドハンターの行列ができたんです。私の人生であんなに人気が出たのは、後にも先にもこの時だけですね。

増井 モテ期が来たんですね。

木村 まさにモテ期だったんです。いろいろな会社からお誘いが来ましたが、「桁違いの金額を動かす仕事をしてみないか」という言葉に引かれて、協和発酵には大変申し訳なかったのですが、JPモルガンの投資銀行部門でM&A(合併・買収)アドバイザリーの仕事に携わることになりました。