木村 JPモルガンで製薬業界を担当するM&AチームにはPh.D.やMBAホルダーがごろごろいまして、働きやすい環境でしたし、大型案件を成功させることもできました。M&Aの助言を行う時は、統合後の成長プランもつくるのですが、投資銀行はM&Aの手続きが完了したらそこで仕事は終わりです。実際に事業を成長させる仕事が面白いことはわかっていても、そこに関わることはできません。
それで、スウェーデンのファルマシア(のちにアマシャムファルマシアバイオテク)の日本法人に移って、事業をマネジメントする仕事に就き、その後、化学企業のモンサントの日本法人でも社長を務めました。この2社では、事業会社の経営者として買収する側とされる側の両方を経験したので、M&Aという観点では投資銀行での仲介から始まって、事業会社でのプリンシパル(自己資金)投資、買収される側での事業統合とほぼすべてを経験することができました。
二番煎じは駄目。オリジナリティを追求せよ
増井 その後、東京大学に戻って、産学連携の推進役になられたわけですね。
木村 国立大学を法人化して、それぞれが自律的な運営を行っていくための国立大学法人法が制定され、2004年4月から法人の設立が始まる直前のタイミングでした。研究費の一部を自前で調達したり、研究成果を大学発スタートアップという形で社会に還元したりすることを大学としても真剣に考えなくてはならない時期でした。大学の基礎研究とビジネスの両方がわかる人材が必要だということで声がかかり、特任教授として薬学系での産学連携を担当することになりました。
同時に、産業再編成をテーマに大学院の薬学系研究科で新しいコースをつくり、学生の教育も始めました。大学に戻ってから数年後に(山之内製薬と藤沢薬品の合併で)アステラス製薬が誕生したり、武田薬品工業が米バイオ医薬大手のミレニアム・ファーマシューティカルを買収したりと、国内でも大型のM&Aが活発になり、そうしたケースを研究して、Ph.D.を育てました。
増井 サイエンスの世界からビジネスの世界へ飛び出されたり、当時の理系人材の先頭を切ってMBA留学されたり、あるいはサイエンスとビジネスの両方のキャリアを活かして大学院で新たな講座を立ち上げたりと、木村先生は常に新たな道を切り拓いていらっしゃる印象を持ちますが、それは生来の資質なのでしょうか。

デロイト トーマツ コンサルティング
ライフサイエンス&ヘルスケア│モニター デロイト
執行役員
国内外の製薬企業、医療機器企業、医療ICT企業、化学企業、食品企業、保険企業、商社、プライベートエクイティー、スタートアップ企業に対して多様なサービスを提供。“イノベーション”をキーワードに、ビジョン策定、全社成長戦略、事業ポートフォリオマネジメント、新規事業開発、機能部戦略(研究開発・製造・営業・マーケティング)、M&A、ライセンシングなど、戦略立案から実行支援まで携わる。
木村 大学院生として研究をしていた時、指導教官から徹底して言われたのは、「二番煎じでは駄目だ。オリジナリティを追求しろ」ということでした。ですから、自分のキャリアパスもそういう発想でデザインしていこうと思いました。
増井 新しい世界に飛び込んで、自分にはない知識や経験、価値観を持つ人たちと触れ合うことで、ポジティブなインパクトを得ることも多かったのではないかと拝察します。
木村 それは多々ありました。たとえば、スタンフォード大のビジネススクールは非常にダイバーシティに富んでいて、国籍や人種だけでなく、いろいろな才能を持つタレントが集まっていました。そういう人たちと出会うと、新しいアイデアが出てきて、イノベーションが生まれます。スタンフォードのビジネススクールは、そういう出会いの場をこれでもかというくらい提供しています。
増井 スタンフォード大がシリコンバレーで産学連携の中心的な役割を果たし、次々にイノベーションを生み出しているのも、ある意味で当然だということですね。
木村 日本は縦割り社会で、たとえば金融業界なら金融業界の中での交流は盛んですが、業界を離れると途端に交流が減り、新たな出会いのチャンスが少ない。
ですから、机に向かって考えている暇があったら、オフィスの外に出て、違う分野の人たちと出会い、議論したほうがいい。そうすれば、新しいものが生まれますし、自分も貢献できるチャンスが広がります。その楽しみをぜひ味わってほしいですね。
増井 外に出て交流することが、縦割り社会に横串を通す大きなきっかけにもなります。
木村 その通りです。縦割り組織には知識と経験の蓄積が埋蔵されているのですが、どんどん横串を通さないと、それをキャピタライズ(資本化)することはできません。
東京大学は伝統的に医工薬連携が盛んで、コンピュータサイエンスとライフサイエンス、精密機械と医療機器、化学工学と薬学といった異分野に横串を通す研究で、医療や産業界に貢献してきました。私がいま所属している未来ビジョン研究センターも、学際融合型の研究機関として社会科学と自然科学の研究者が連携し、社会課題の解決につながる政策研究や提言を行っています。
日本の基礎研究はまだまだ捨てたものではなく、かゆくないところにも手が届くくらい、あらゆる分野で研究成果が蓄積されています。それが別の分野の研究成果と交わることでイノベーションが生まれる機会をどんどんつくることが必要です。