組織を地球規模でマトリックス構造に変える多国籍企業が、ますます増えてきた。理想的に言うと、この構造は地域別(または国別)、事業別(または製品別)、経営機能別に企業活動を分割することによって、戦略的デシジョン・メーキングの質を高めてくれるはずである。ところが、この構造では多種多様な考え方や利害関係が表面に出るものだから、一方で、戦略的集中力を阻害しようとする傾向を、組織体質としてもっている。そこで、地球規模のマトリックス構造のなかでの戦略的選択に影響する過程を理解し、管理することが重要な問題になってくる。
筆者は、ある企業(これを仮にベータ社と呼ぼう)の例を用いて、まず、地球規模のマトリックス構造の内部で起こる経営上の諸問題を説明する。つぎに、6つの戦略的管理上の問題についてのデシジョンが、この構造において、どのように影響を受けるか、を実例によって明らかにする。第3に、多角化された多国籍企業において多種多様な事業活動を戦略的に集中化させる方法を述べ、最後に、トップ経営者がどのように戦略的焦点を移動させたらよいか、について議論をしてみたい。
マトリックス構造の問題点
ベータ社の執行副社長ディブ・オースチンを悩ます問題をあげてみると、問題点がよく分かる。ベータ社は、1974年度28億ドルの売上げであった。売上げの約45%は、石油化学事業集団からのものである。他の3つの事業集団――医薬品、消費財、鉱業を合わせて55%である。オースチンのような事業集団管理者は、多種多様な責任を重複してもたされている。彼は、世界市場にまたがる石油化学事業を推進する責任のほかに、ヨーロッパ地域における全社的な4つの事業活動の責任も負う(ベータ社は、ヨーロッパを含めて4つの地域に世界を分割している。図1参照)ベータ社のトップ経営者は、このように地域と事業の責任を交差させるマトリックス構造にすると、地域活動による地域の事情に精通できるとともに、世界にまたがる事業集団活動による地域規模の戦略を身につけることができるという信念をもっている。ところが、ベータ社のマトリックス構造は、そう手放しで喜べるようなものではなかったのである。