社会課題解決型サービスは、需要の喚起が不可欠
――スマートシティやスマートモビリティについては、すでに数多くの実証実験が行われていますが、その過程でさまざまな問題が明らかになり、壁に直面しているケースも少なくないようです。
井出 大きな壁の一つは、マネタイズの難しさです。たとえば、新しい移動手段として「コミュニティバス」を運行してみたものの、利用者が思ったよりも少なく、運賃収入だけでは赤字になってしまい、サービスが継続できなくなってしまうというケースが見受けられます。
バス会社やタクシー会社などは、もともと利用者の減少によって収益が悪化しており、国や自治体からの支援によって事業を継続している企業もあります。新しい移動手段を用意しても、利用者が増えなければ、その状況を抜け出すことはできません。
生活者や旅行者の利便性を向上させるという課題解決のためとはいえ、採算が合わなければ持続可能性がありません。ですから、スマートモビリティやMaaSに取り組むうえでは、いかに需要を喚起し、持続可能性を担保していくかが重要なポイントとなります。
――デロイト トーマツ コンサルティングでは、神奈川県逗子市でMaaSのプロジェクトに取り組んでいますね。
井出 逗子市は、中心部であるJR逗子駅周辺をはじめ、商業施設などは平地にありますが、1960年代から開発された住宅地は駅から離れた高台にあり、高齢化した住民が中心部にある駅や病院、商業施設に行くための“足”をどうやって提供するかが大きな問題となっています。

Kiyoshi Ide
デロイト トーマツ コンサルティング
執行役員
高台の住宅地はバスの路線がなく、移動のための手段は徒歩か自家用車、タクシーぐらいしかありません。逗子市が2021年に実施した「乗り合いタクシー」の実証実験において、私たちは自治体や住民、地元のタクシー会社などと話し合い、低コストで運営できる方法を模索しました。
サービス開始前に、移動ニーズがある時間帯やタクシードライバーが対応できる時間帯などを検討した結果、当初は通常のタクシーの稼働率が低い日中に乗り合いタクシーを中心に運行することにしました。
運行を始めてみてから調査を実施したところ、高齢者の乗り合いタクシーの利用目的は、通院が多いことがわかりました。外出そのものが億劫になっている高齢者が多く、通院目的以外での外出が少ないのです。
今後は通院といった必要な移動に限らず、「移動したい」というモチベーションを喚起するような工夫が必要になります。駅周辺の商店街の方々と連携することによって利用者を増やすことができるかもしれません。商店街への人出が増えることで、地域経済が活性化するという効果も期待できます。
送客によって売り上げが増える商店街と、乗り合いタクシーの運営会社がレベニューシェア(収益分配)をすれば、サービスの持続可能性をさらに高めることも期待できます。
移動サービスだけで収益を上げようとするのではなく、さまざまなプレーヤーとのエコシステム形成によって全体として収益を上げ、それをシェアする仕組みをつくることができれば、MaaSの取り組みをより進展させることができるのではないかと考えています。
――ほかにもいろいろな地域で、MaaSの支援を行っているそうですね。
井出 たとえば千葉市では、病院への診療予約とタクシー配車を組み合わせた医療MaaSの実証実験にも取り組んでいます。新しいモビリティ手段として、空飛ぶクルマの普及に関わる取り組みも行っています。
一言でMaaSと言っても、地域によって抱えている課題は異なるので、その地域に求められているサービスは何なのかを考え、さまざまなパートナー企業にご協力をいただき、エコシステムを形成することを支援しています。
ちなみに千葉市の医療MaaSプロジェクトには、地元のタクシー会社だけでなく、大手損害保険会社やITプラットフォーマー、調剤薬局チェーン、大学など多様なパートナーが参画しています。