
2022年は、まさに生成系AI(人工知能)の年だったといえる。人間の指示に応じて、自在に画像や文章を“創作”する生成系AIは、社会に大きなインパクトを与えると同時に、さまざまな議論や反発を巻き起こしている。そこで本シリーズ対談の第10弾では、データ・AI法務の第一人者である弁護士の柿沼太一氏をゲストに迎え、AIが創造性を持つ時代の法務・知財リテラシーについて聞き、人間がなすべき仕事は何かを展望した。
生成系AIに対する拒否反応と不安をもたらすもの
森 柿沼さんが法律、知財面でスタートアップ支援を始めたきっかけは何だったのでしょうか。
柿沼 2015年に共同創業者としてSTORIA法律事務所を立ち上げたのですが、ほかの法律事務所がやっていないことを手がけたいという思いがあって、スタートアップ分野に取り組むことにしました。
ちょうど同じタイミングでスタートアップ支援を始めた神戸市の担当者に手紙を送ったり、スタートアップ向けのセミナーを開催したり、あるいは国立大学の産学連携本部と情報交換したりしているうちに、少しずつスタートアップとの関わりが増えていきました。
森 AI・データ関連法務についても自分から取り組もうと思われたのですか。
柿沼 慶應義塾大学法科大学院の奥邨弘司教授の講演録「THE NEXT GENERATION:著作権の特異点は近いか?」(2016年)を読んだのが、きっかけです。AIと知的財産法の関係について述べられた講演ですが、その内容に衝撃を受け、いても立ってもいられなくなりました。
しかし、当時私はAIどころかプログラミングの知識もなかったので、まず大量の関連書籍を買い込みました。加えて、データサイエンティストと契約して、2カ月にわたって一対一でみっちり技術的な講義をしてもらいました。一方で、人工知能学会の全国大会で企業ブースを飛び込みで訪問して現場の課題を聞かせてもらったり、知財研究を専門とする学者の先生方から法律面でのアドバイスをいただいたりしました。また、政府の知的財産戦略本部の報告書や議事録を何度も読み返すなど、2016〜17年はAI一色といっていいほど勉強に打ち込みました。
並行して事務所のブログでAIに関する情報発信を始めたところ、それを読んだ人から具体的な相談や依頼が来るようになりました。経済産業省からも「データの利用権限に関する契約ガイドライン」(2017年5月公開)の改訂について意見を聞きたいと相談があり、それがきっかけで同ガイドラインのAI編の検討委員会と作業部会の委員を務めることになりました。2017年11月から4カ月ほどはガイドライン漬けの日々で、それが「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」として2018年6月に公表されました。
森 奥邨教授の2016年の講演録に衝撃を受けたということですが、当時から専門家の間では、AIが人の手によるものと区別できないほどよくできたコンテンツを生み出すようになるのは、時間の問題だと見られていました。
一般の人たちがそれを目の当たりにしたのが2022年で、画像生成系AIの「DALL-E2」や「Midjourney」「StableDiffusion」が次々と公開されました。プロンプトと呼ばれるテキストで指示を出すと、それに沿った画像やイラストを自動生成するAIです。たとえば、「三国志の武将がスマホで自撮りしている絵を描いて」と指示すれば、その通りのものが出てきます。Midjourneyに描かせた絵でアート作品コンテストに応募して、賞を取る人も出てきて、大きなバックラッシュ(反発)も起きました(*1)。アメリカでは生成系AIの学習に自分の作品が使われていると、アーティストたちが集団訴訟を起こしています(*2)。