AIに対する社会の受容性が高い領域、低い領域
森 生成系AIが出てきたことによって、法律面で新たな課題は生じているのでしょうか。
柿沼 AIモデルをつくるところまでの法律論は、これまでと変わりません。ポイントとなるのは、モデルの学習のためにどのように適法にデータやデータセットを収集するか、個人情報が含まれたデータであれば個人情報保護法などに基づいてどう処理するか、学習済みモデルの知財の帰属をどうするかといったところで、詳しく知りたい方はSTORIA法律事務所のブログで解説していますので、そちらを参照していただければと思います。
一方で、生成系AI特有の問題は、AIが出力した成果物に対して誰が権利を持つのか、あるいはそれを誰がどのような形で利用できるのかといった点です。
ゲーム会社とか、コンテンツをつくるエンタテインメント系の会社などは、いままで人手をかけて制作していた部分を生成系AIで補いたいというニーズがあると思いますが、まだ本当に使っていいのかどうかわからなくて躊躇(ちゅうちょ)している段階ではないでしょうか。
クリエーターだけでなく、私たちのような弁護士とか、森さんのようなコンサルタントなど、専門知識をベースに仕事をしている人たちにとっても、生成系AIをどう使うかが今後問われると思います。森さんが先ほどAI倫理を例に挙げておっしゃったように、ある問いかけに対して、公表されている情報をもとに専門的なリポートをまとめるだけなら、生成系AIのほうが仕事は速いかもしれない。
森 AIをうまく使って自分の能力や知識を増幅したり、拡張したりできる人とそうでない人では、大きな違いが出てくると思います。AIに対する社会の受容性は、職業によって変わると思いますか。

デロイト トーマツ グループ
パートナー
Deloitte AI Institute 所長
柿沼 そこは、私も非常に関心があります。明確な答えがあるわけではありませんが、「正解が決まっている領域」「出力が重視される領域」と「正解が決まっていない領域」「プロセスが重視される領域」で、AIに対する社会の受容性が分かれる気がします。
正解が決まっていて、出力のスピードや精度が求められる領域、たとえば工場の生産ラインにおける異常検知とか、自動運転、医療現場での画像診断などはAIに任せてもきちんと精度が出れば、社会は受け入れると思います。一方で、芸術や政治、司法などは正解が一つではなく、プロセスが重視される領域なので、人によって受容性に濃淡があると思います。裁判でも政治の場でも、AIを使おうと思えば使えると思いますますが、AIが最終判断を下したとなると拒否反応が大きいと思いますね。
受託開発でも知財は社内に残る契約にする
森 話題をスタートアップに移したいと思います。技術を持っているAIスタートアップとデータをはじめとする資産や経営リソースが豊富な大企業がうまく組んでいくことが、日本にとって重要なテーマだと思いますが、法律や知財の面で何がポイントになってきますか。
柿沼 スタートアップの発展を考えた時、まずは大企業からの受託でAIソフトウェアを開発して、少しずつ技術やリソースを蓄えていってから、自社で著作権を持つソフトウェアやサービスを提供し、ビジネスを拡大させていくのが一般的な流れです。しかし、受託ビジネスから抜け切れず、成長が止まっているスタートアップが多いのも現実です。
これは、受託開発の契約の結び方にも問題があって、契約ごとに知財を委託者に全部渡してしまうとスタートアップには何も残りません。一方、委託側の大企業が知財を自社で取り込んでも、そのまま活用されていないというケースが少なくありません。結局、知財がばらばらに点在していて、スタートアップも発展しないし、技術も発展しないというのは、誰にとっても不幸な状況です。
ですから、受託開発であっても知財はスタートアップが持てるように契約の段階できちんと交渉する必要があります。シビアな交渉になるかもしれませんが、そこは私たち法律家がアドバイスできますし、スタートアップと大企業で知財をシェアするという選択肢もあります。
そのような組み方をした結果、大きな成功事例が出てくれば、スタートアップと大企業のオープンイノベーションの促進という意味でも大きなインパクトがあると思います。
森 私は発注者側である大企業から相談を受けることが多いのですが、基本的に発注者と受注者という関係ではなく、何らかの課題を一緒に解決していくパートナーとして同じ目線に立つべきだとアドバイスしています。
AIに限らず、技術を持っている外部企業に発注したら、いい箱ができ上がってきて、その箱が何かを生み出してくれるといった考え方だとうまくいきません。その箱をうまく機能させるために、自分たちの業務プロセスをどう変えればいいのか、あるいはその箱を使って顧客に対するサービスをどう進化させるかといった発想がないといけません。要は自分たちが変わっていかなくてはいけないという意志がないと、オープンイノベーションはうまくいかないと思います。