スタートアップエコシステムに足りないのは、野獣のような起業家

 日本にはスタートアップエコシステムが形成されていないことが問題だ、との指摘があります。エコシステム形成のために不足しているのは何だと思われますか。

柿沼 スタートアップを支援しようという人は増えていますが、一番足りないのは起業家だと思います。やはり、野獣のようなアントレプレナーが出てこないと、世の中は変わりません。

 起業家がどんどん増えてくれば、その人たちを支援する投資家も法律や知財の専門家も自然と増えていきます。

「野獣のような」と表現したのは、破天荒に暴れ回るという意味ではなく、内に大きなものを秘めていて、自分が成し遂げたいと思っていることをけっして諦めない人ということです。ビジネスは正解がない世界ですから、うまくいかないこともあります。でも、諦めないで、次はこうやってみようとチャレンジを続ける。無限の変数を調整して、周りの人を巻き込みながら、目指すべき場所にぐいぐい進んでいく。たくさんのスタートアップと付き合っていると、年齢に関係なくそんなCEOに出会うことがあります。そういう人は心から尊敬しますね。周りの人は大変だと思いますけど。

 AIがどんどん進化していった時、人間は何をやるべきかという議論があります。AIが学習する段階では、どんなデータを使って、どう学習させるかという枠組みを人間がデザインしなくてはなりません。AIがその枠組みを超えることはないので、枠組みのデザインは非常に重要です。

 わかりやすい例え話をすると、囲碁や将棋で人間に勝てるAIはいますが、何か新しく面白いゲームを考え出せるわけではありません。そこは、AIと人間の決定的な違いです。

 だから、枠組みをデザインするのは人間の仕事として残り続けるはずですが、そういう仕事の最たるものが起業だと私は考えています。解くべき課題を設定して、それを解決するためにいろいろなビジネスリソースを組み合わせ、組織を動かしていく。さらに言えば、顧客とか社会といった他者の視点に立って、枠組みをデザインしていく。それは、まさに人間がやるべきことです。

 ですから、柿沼さんがおっしゃるように起業家を増やさなくてはいけないというのが、AIの時代における重要な社会的テーマだと思います。

トップのメッセージがブレーキ役の法務・知財部門を変える

 最後に、法律家としての視点から企業経営者にアドバイスをお願いします。

柿沼 オープンイノベーションにしても、新規事業にしても、企業が何かを始めようとした時、法務部門がブレーキをかけることがあります。現場の人もトップもやる気になっているのに、法務や知財を管轄する部門がダメ出しをするということが実際問題として起こっています。

 それはなぜかというと、トップからのメッセージが法務・知財部門にうまく伝わっていないからです。うちの会社はこれからこっちの方向に行くんだ、こういうスタンスでビジネスをやるんだと、トップは事業部門に伝える努力はしても、法務・知財や財務などコーポレート部門に対しては意外とその努力を怠っています。トップの強いメッセージが届かなければ、法務・知財部門は従前のやり方を変えようとはしません。変えることには当然、リスクが伴いますから、変えなくていいなら変えたくないと思うのが当たり前です。

 ですから、事業部門に対するのと同じように法務・知財部門にもきちんとメッセージを出して、「うちはこういうスタンスでやるから、一緒に考えてくれ」と巻き込んでいく。それもトップの大事な仕事だと思います。

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*4 New York City public schools ban access to AI tool that could help students cheat(CNN BUSINESS)│NYC education department blocks ChatGPT on school devices, networks(Chalkbeat NEW YORK)