最近、“企業家的性格”なるものに関する議論をよく耳にする。しかし、過去30年間において、私がともに働くことのできた企業家のうち、そのような性格をもった者は、ほとんどいない。それどころか逆に、そのような性格を十二分にもちながら、まったく企業家的ならざるセールスマンや外科医、あるいはジャーナリストや学者、さらには音楽家などには、大勢お目にかかっている。企業家として成功をおさめた人たちに共通するものは、ある特定の性格ではない。それは、イノベーションを体系的に実践しようとする決意である。
イノベーションこそ、企業家に特有の機能である。これは既存の企業、公的サービス機関、あるいは家族経営の食堂という小さなベンチャーにおいても、まったく変わらない。実にイノベーションこそ、富を増殖する資源を創造し、あるいは既存の資源に対して富を創造する能力を賦与するために、企業家が手にする道具である。
今日、企業家精神という言葉の定義にかなりの混乱がみられる。小さな事業についてのみ、この言葉を使う者もいれば、新しい事業についてのみ使う者もいる。しかし実際には、すでに基盤の確立した事業のきわめて多くが、高度の企業家精神を発揮することに成功している。企業家精神とは、事業の大きさや古さとは、まったくかかわりのない言葉である。それは事業活動そのものにかかわる言葉なのである。そしてその事業活動の中心にあるものが、ほかならぬイノベーション、すなわち事業体の経済的社会的能力に関して、目的意識をもって集中的に変化をもたらすための努力である。