1990年7月1日

 敬愛するボブへ

 引退されて遠くメイン州におられるあなたをお騒がせしてすみません。でも、私にはなんと多くの優れた教師がいることでしょう。私はまだ憶えています。私があなたのCOOを命じられて1週間目に、あなたはずばり経営の中心問題を示されました。あなたは、役員会で「諸君、会社はドリルを売るのではなく、ドリルでつくる穴を売るのだ」と語りました。私にはただいま、あの感覚のいくぶんかでも必要なのです。

 あなたが私を責任者にしたこの会社では、万事うまく進んでいると、だれもが言うはずです。利益はまだ気持ちよく伸びているし、マージンも好調――たぶん偉大ではないにしても、好調です。売上高も昨年は一段と上昇しました。スチーブが生まれて以来(スチーブは今春工科大学で一年生を終えました。大変感謝いたします)、毎年のように上昇し続けました。世俗の知恵によると、何も間違っていない、ということになります。わが社は業界第1位です。ウォールストリートはわが社に好意的ですし、アナリストからも好評です。役員会も私に対してあたたかです(1つにはあなたのおかげです)。あなたは、恐らく、「ウォールストリートジャーナル」でわが社への称賛記事をごらんになったでしょう。わが社のことを「数少ないアメリカらしい生き残りの会社の1つ」と呼びました。

 問題についての唯一のレポートは、私の身体の内奥から伝わってきます。ボブ、好調に見えることの大部分は、実際には、だいたい価格の上昇と人口の増加からきているのです。わが社の市場シェアは、3つの中心製品では悪くないけれども、これらの製品は人口の中の最も成熟部分に受けているわけで、少しずつ減少しつつあって、今後20年もするとゼロになってしまうでしょう。若者を狙った新製品でのシェアは、十分とはいえません。わが社の顧客ベースの移行に、私は不安を抱きます。人口統計面からの傾向は、徐々にわが社に背を向けつつあります。今から20年後、わが社の顧客はどうなっているのでしょうか。

 今やるべき、かなり明確なことがいくつかあります。私のスタッフはすでにそれら――「リスクの少ない事業」に取り組んでいます。まず手がけるのは、現在のブランドと現在の製品・サービスのフランチャイズを確立して、「同族仲間」の輪を広げるプログラムです。「バーズアイ」冷凍野菜は、「バーズアイ」冷凍アントレ、すなわち、「バーズアイ」冷凍グルメアントレを始めました。コダックがファクシミリ業界に乗り出し、シュリンバーガーが宇宙での鉱化作用測定を手がけたのと同じ行き方です。わが社のブランドを使って、若者に印象づけやすい新事業をやろうとしているのです。

 しかし、これは実際に、リスクの少ない事業でしょうか。8フィートを5フィートも超えて跳び上がろうとする危険を冒してはいないのか。わが社は常に偉大な製品をつくってきましたが、一方で、理念の一貫性、信用、威信の感触を売ってきたのです。もしわが社が製品ラインの拡張を始めて、特に若者に受けようと計算したとおりのやり方でブランドの性格を曖昧にするとしたら、わが社の理念の一貫性と顧客の忠実性とを危険にさらすのではないか。わが社の昔からの中心顧客での成功を人質として預けたのではないか。

 あなたが私のためにやってくれたことを、私は私の若い従業員たちのためにやりたいのです。私はこの会社で最後までがんばりたい。それでも、わが社を変身させねばならない、という不安な気持ちが私にはあります。競争相手は、わが社の製品に変化をつけた製品をひっさげて現れるだけでなく、その上、わが社の市場に脅威を与えかねないような、全く異なる解決法をひっさげて、全く別の業界から参入しつつあります。私はよく、大量安売り業者に直面した百貨店のCEO、または、ファックスと戦う急便会社の最高責任者と同じ気持ちになります。私は、デジタル・エレクトロニクスが何なりと変えてしまうのを知っています――服地でも溝掘り作業でも変えます(まさに、これこそ穴をつくる新しいやり方です)。その上、全くノロノロと事を運んだとしても、ほとんど間違いなく、金融業界、業界新聞、わが社の従業員をびっくりさせるでしょう。なぜ、従業員を変化の到来だと驚かせて、最後まで突き進まないのか。

 私はスタッフの一部にこれ――「行く手を阻む障害はない」について考えてくれるように頼みました。何もかも売り払って、ゼロから出直すことさえも考えてほしいと言いました。黄金より輝いていた「会社」を犠牲にして、現在のためにわが社の名を使うべきではないのか。コカ・コーラが、昔から守ってきた混合成分法の放棄を宣言した事実について考えてほしいとも言いました。その宣言はとんでもないことではなく、コカ・コーラはバラのような香りを放って変身しました。もしフィリップ・モリスが、会社もブランドもみんな売り払って、後には一握りのカネとそれを増やす優れた従業員が少しだけしかいないとしたら、どんな姿になるのだろうか、と私はスタッフに考えるように迫りました。比喩で言うと、我々はここと極東地域で関連業界を、はるかに安い価格で買い戻し、わが社に不運をもたらす人口統計面の不利がなく、はるかに上昇機運の強い未来への道を進むことになるのではないだろうか。もし、S.S. クレスグが自らを変えてKマートに生まれ変わらなかったとしたら、彼には何が残ったのだろうか。

 問題は今のところは小さいようですが、それが大きくなり始めると、またたくうちに危機がおとずれるのではと心配です。なぜ、可能性の網をもっと広く投げないのでしょうか。役員会は少なくとも傾聴してくれるでしょうから、私はあまり気にかけません。あなたはもっとラジカルな提案にも、親身になって傾聴してくれるでしょうか。それがあなたのライフワークでもあります。あなたがこれについてよくお考えくださるチャンスがおありでしたら、教えてください。ケイさんによろしく。

 お変わりなく

フィリップ

各界リーダーの回答
5人のエキスパートが、フィリップの行く手を考える

フィリップは、その強味に腰を据え、「偉大なアメリカらしい会社」に再度挑戦すべきか。

フィリップは、指導方針を会社内部に探して、企業家的ベンチャーを、本社管理本部から離して設立すべきだ

キャスリーン・ブラック
USA TODAYの発行人兼ガネット・カンパニー Inc.のマーケティング担当専任副社長

 フィリップの会社で問題化している同じ難題が新聞界にも起こっているのを、私はたくさん知っている。人口統計パターンが変化し、利益とマージンが低下し、市場シェアが減り、価格面での抵抗、厳しい競争、さらにおもしろいことには、企業家的思考の欠如という問題である。