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ここ4年ほどの間にボルドリッジ賞(Malcolm Baldrige National Quality Award)は、米国のビジネス界を変える最も重要な推進力になってきた。他の様々な公的・私的な働きかけ以上に、経営者の意識や行動の変革に影響を与えてきた。ボルドリッジ賞は品質管理の原理をわかりやすい言葉で置き換えているだけではない。新しい経営のパラダイムや最近話題の顧客満足、あるいは高まりつつある従業員の経営参加のような目標に向けて、企業がどれだけ前進したかを評価するための包括的な枠組みを提示している。
しかし、ボルドリッジ賞には別の側面もある。高い人気の一方で、非難の集中砲火も浴びている。非難は主に3つの点に向けられている。まず、ボルドリッジ・コンテストで勝とうとして企業が巨額の投資をしているという報告が「ボルドリッジ賞は金で買える」という批判を生んでいる。1989年に受賞したゼロックス社と同年に最終選考に残ったコーニング社は、いずれもそのための諸準備や応対に、およそ80万ドル(約1億円)と1万4000時間を費やしたことを認めている。
同賞は、製品の品質が飛び抜けて優れているとか際立って素晴らしいということを必ずしも反映していないというのが第2の批判である。1990年に受賞したGMのキャデラック部門が槍玉にあげられている。同部門はほとんどの自動車品質調査において、トップランクには入っていないというわけである。第3に、過去に受賞した企業の売上高や利益の伸びが低迷しているという事実から、企業の競争力や収益力の正当な評価尺度としてこの賞がはたして的確なのかどうかという疑問が出されている。この点においても、キャデラックがあげられているが、モトローラ社とフェデラル・エキスプレス社も引き合いに出されている。