1980年代にディジタル・イクイップメント(DEC)社が行った高密度ディスク・ドライブの開発作業は、企業がいかに開発プロジェクトを新しい製品や工程の開発のためだけでなく、競争上重要な専門知識の構築のためにも活用することができるかを示す好例である。RA90ハード・ディスク・ドライブ・プロジェクトとして知られるこの開発作業は、経営者がしばしば看過してしまう重大な事実もはっきりと示してくれる。つまり、プロジェクトの結果得た能力は、でき上がった製品よりも重要となりうるし、実際にそうであることが多いということである。RA90プロジェクトは、様々な尺度で見て、間違いなく全体として成功であった。だが特に、このプロジェクトで得た能力が、DEC社の著しい競争力向上に寄与した一連の製品を生み出す基礎を築いたのである。

 1970年代の末頃、世界第2位のコンピュータ・メーカーであったDEC社は、かなり深刻な苦境に立たされていることに気づいた。コンピュータの中枢をなす部品である磁気記憶システムで最先端の技術から約10年遅れていたのである。経営首脳陣は、同社が業界のリーダーとしての地位を保持するためには、この分野がますます重要になると感じていた。何人かの重役は、全く新しい2つの技術の登場が競争上大きな影響を与えると指摘した。すなわち、薄型フィルムの磁気記憶媒体と、この媒体上の情報を読み書きする薄型フィルム・ヘッドである。もしDEC社がこれらの技術をマスターすれば、同社はハード・ディスク・ドライブ分野での既存のリーダー企業たちを一気に追い抜いてトップに躍り出ることができると考えたのである。1980年代初めまでに、DEC社は、これらの技術を発展させて、実用化に結びつけられるようになっていた。その結果、野心的なRA90プロジェクトが生まれたのであり、これは同社の歴史の中でも最も大きな開発プロジェクトの一つとなった。

 このプロジェクトが成功するためには、4つの大きな画期的技術革新が必要であった。つまり、薄型フィルムの磁性媒体とその製造工程、薄型フィルム・ヘッドとその製造工程、新しい電気機械(エレクトロメカニカル)的なドライブ・システム、そして個々の部品を最終的な製品システムとして組み立てる工程である。今後3~5年の間に主なライバルたちがR&Dでどの辺まで進むかという予測に基づき、経営首脳陣は新製品のコスト・パフォーマンスの目標を野心的に高いレベルに設定した。そして、資金的にも人材的にも異例の規模の資源を投入し、特にプロジェクトで働く人材は社の内外から集めてきた。