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実業界入りを志す大学生はたいがい経済学を専攻するが、教室で学んだことが後で役立つと考えている者はほとんどいない。「経済学の知識は、企業経営の役には立たない」という根本原理を理解しているのである。
だが、逆もまた真なり。企業経営で学んだことは、国家経済政策の策定には役立たない。国家は大企業ではないからだ。経営者として成功するための発想法がそのまま一流のアナリストとして通用するかといえば、まず無理であろう。10億ドルもうけた人に6兆ドルの財政について意見を求めて成功した例はめったにない。
では、なぜいまそれを問題にするのか? 有能な実業家あるいはエコノミストで詩人としても一流というような人はめったにいないことは皆知っているが、個人で巨富を築いた(少なくとも実業家として成功した)人には国民全体をも豊かにする力があると思い込む人が多いからである。実際には、そういった人たちはとんでもないアドバイスをすることが多いのだ。
なにも私は、実業家は馬鹿でエコノミストが優秀だと言っているのではない。反対に、アメリカ実業界のトップ100人と経済学界のトップ100人とが一堂に会したら、実業家グループの最も見劣りする人とエコノミスト・グループの最も力のある人を比べても、実業家のほうが光っているにちがいないと思っている。私が言いたいのは、経済分析に必要な思考回路は、実業界で成功するのに必要なそれとは違うということだ。その違いがわかってはじめて、優れた経済分析とは何かが見えてくる。拙文が、理解力十分の実業家諸氏にとって、優れたエコノミストになる一助になれば幸いである。
これまでの経験から、実業家諸氏がなかなか理解してもらえなかった問題を2つばかり挙げてみよう。一つは輸出と雇用創出の関係、もう一つは海外投資と貿易収支の関係である。どちらも私が専門とする国際貿易関連であるし、実業界には国家を企業にたとえるという過ちを犯す人が多いことから、この2つを選んだ。
輸出と雇用
国際貿易と国内での雇用創出の関係について、経営者たちが頑固に信じ込んでいる誤解が2つある。一つは、アメリカ実業界の大勢が自由貿易の支持派であることから、世界貿易を拡大すれば世界の雇用状況が改善されるとの思い込みが根強くある。具体的には、世界の雇用を増やすという意味で、最近発展解消した「GATT(貿易と関税に関する一般協定)*1」のような自由貿易協定をよしとする。第2の誤解は、そうして創り出された雇用を各国が競い合うと考えている点だ。わが合衆国の輸出が増えればわが国の雇用も増え、輸入が増えるほど減少する。ゆえにわが国は自由貿易を行うだけでなく、自由貿易が創出する大量の雇用を獲得するための競争力を持たなければならない、というわけだ。