ITの内製化と業務部門との融合が、スピード向上のコツ

中山 ベイシアグループでは今後、最新のテクノロジーを活用して既存のITをモダナイズする一方、足かせとなる古いレガシーシステムを徐々に減らす方針だと理解しました。

 ただ、日本の企業はITの開発や運用において外部ベンダーに依存する割合が高い傾向にあります。このような状況では、新規にITを開発したり変更したりする際に、いちいち外部ベンダーとの調整が必要になり、せっかくITをモダナイズしてもスピード向上の足かせになるのではないかと危惧しています。

 一方で、社内にエンジニアがいて内製化していれば、毎日顔を合わせながら成果物をチェックできるため、手戻りが少なくなります。結果として品質が高まってコストは下がり、納期の短縮でスピードも向上します。海外の先進企業やデジタル先進企業では、社内に多くのエンジニアを抱えてシステムの内製化率を向上させ、経営のスピードを高めるケースが少なくありませんが、御社の状況についてお聞かせください。

樋口 内製化は「10X」 の意味でも重要なテーマの一つであり、当社でも積極的に取り組んでいます。業務部門との意識合わせや仕様の確認、適切な軌道修正によりプロジェクトのスピードアップ、コスト削減とともに品質も大きく改善されます。

 ただ、必ずしもすべてを内製化するということではなく、内製化する領域と外部ベンダーの方々にご協力いただく領域を見極めています。たとえば、クラウドなどのインフラ、データ連携の標準基盤、アジャイルな要件変更が起こるプロジェクトなどは優先的に内製化していますが、外部ベンダーの経験値が生きる特定のパッケージ領域などは任せるケースもあります。

中山 おっしゃる通りすべてを内製化することは現実的ではないので、どの領域を内製化すべきかを決めることが重要です。一方で、実際に内製化したいと思っても、IT・デジタル人材を採用したり、社内で育成したりするのは簡単ではありません。御社ではここ数年の間に数百人単位でエンジニアを採用されましたが、スムーズに人材を獲得するために工夫されていることがあったら教えてもらえますか。

樋口 優秀な方に集まっていただくには「魅力的な職場」であることが欠かせません。魅力的な職場であるためには、「10XのIT」「AIの活用」など、企業として新しいことに挑戦し、新たな世界を築こうとしている姿を伝えることや、働く環境を整備することが重要だと考えています。リモートワークできる環境が整備されていない企業や、カジュアルな服装では勤務できない、休暇がしっかり取れないといった企業は、いまの時代、IT・デジタル人材から見ると評価は厳しいと思います。

 当グループでは、何かの資格を取得したり、みずから学んで新たなスキルを身につけたりする場合には、会社がそれを支援し、費用は会社が負担する制度もつくり、自己研鑽できる環境を用意しています。

中山 「IT小売業宣言」に始まった挑戦が企業のブランドとなり、そのブランドに引かれて優秀な人材が集まる。そうした人材が「10X」で挑戦できる環境を整え、成果が生まれることでブランド価値がさらに高まり、また優秀な人材が集まる。まさに理想の循環ができ上がっていますね。

樋口 おっしゃる通りです。特にデジタルネイティブ世代の人たちは、圧倒的にスキルの習得が速いですから、想定以上の成果を出してくれています。当グループでは理系・文系にかかわらず、若い人にどんどんチャレンジさせています。ここでもクラウドの効果は大きく、学ぶためのコンテンツも揃っていますし、個々人が学びたいという意思さえあればスキルは大きく伸びていきます。そして何より利用料が驚くほど安いので、簡単にシステムを構築できるのです。1カ月もすると別人のように成長しますよ。

 そういう若い人たちが出てくると、それがきっかけとなってあちこちに同じような輪が広がるので、まさに理想の循環ができつつあります。40代、50代の社員たちは、そのポテンシャルにただただ驚いています。

中山 デジタル人材が続々育成されていく理想の状況がつくられていますね。DXが比較的うまくいっている企業を見ると、業務部門とIT・デジタル部門の距離が近いことが共通点として挙げられます。御社では業務部門とIT・デジタル部門はどのように協業されていますか。

樋口 我々はIT・デジタル部門と業務部門のメンバーが「フュージョンチーム」をつくり、パートナーとして相互学習することでDXを加速させようとしています。そのために、IT・デジタル部門のメンバーは業務部門の会議にどんどん参加し、テクノロジーで何ができるのかを積極的に提案するように奨励しています。

 たとえば、商品部の会議に参加したIT・デジタル部門のメンバーが、「画像生成AIを使えば、PBのパッケージデザインのサンプルをすぐにつくれますよ」と提案して、実際に画像を見せれば、「すごいね、そんなことができるの。じゃあ、デザインの色を変えてみて」というように会話が盛り上がります。そこで、業務部門の課題は何なのか、テクノロジーで何ができるのかという相互学習が生まれます。

 自分が提案したことが役に立ち、業務部門に喜ばれるとモチベーションが上がりますから、最近では私が言わなくても、IT・デジタル部門のメンバーが日常的に業務部門に顔を出していて、誰がどちらのメンバーかわからないくらいチームとして一体化しています。IT・デジタル部門、業務部門といった分け方自体が無意味になっていくのが、私の理想形です。

中山 そこまで業務とITが連携できれば、業務課題をITで実現するスピードは「10X」以上になりそうですね。

ITのあり方を抜本的に変えることで、日本企業の経営スピードは確実に上がる

中山 今日の議論を通じて「経営×IT」による経営スピード向上のポイントがいくつか浮かび上がってきました。時代とともにITが大きく進化する中、「文化」「組織」「人材」「IT」のあり方を次のように再定義することで、経営のスピード向上に資するITを実現できると考えます。

  • 「文化」:「10X」の目標を掲げ、新たな挑戦を奨励する文化を目指す。
  • 「組織」:業務部門とIT部門が密に連携し、相互学習する。
  • 「人材」:内製化を推進し、育成を促進させる環境を用意する。
  • 「IT」:レガシーから脱却し、AIやクラウドなど新たなテクノロジーを最大限活用する。
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 そして、これらを支える根っこであり、幹となるのが「経営陣のリーダーシップ」であることを再認識するとともに、御社の今後のさらなる進化に注目したいと思います。

樋口 我々も変革の途上なので手綱を緩めず、さらなるスピードアップを図っていきたいと考えています。

中山 まだまだ多くの企業が「ITを活用して経営のスピードアップが実現できている」と胸を張っていえる状況ではないと推察します。PwCコンサルティングでは、そんな方々のために、組織のアジャイル化を支援する「アジャイルトランスフォーメーション」、既存システムのモダナイズを支援する「ITモダナイゼーション」というメニューを用意しております。ぜひご活用いただき、経営スピードの向上に役立てていただけると幸いです。

*オンラインセミナー「アジャイル経営を支えるIT戦略と実現に向けたロードマップ ―企業の俊敏性を向上させるITと組織のあり方―」のオンデマンド配信はこちら

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