従来の発想を抜本的に変える「10Xの発想」と「挑戦する文化」の醸成

中山 では、実際にベイシアグループを横断してIT領域をサポートする立場で、何を意識し、具体的にどのような取り組みを実践されているのかお聞かせください。

樋口 中山さんが冒頭におっしゃった経営のスピード、アジリティを上げて、環境変化に素早く適応できる企業グループになるために、デジタル・IT部門としてどうあるべきかを常に意識し、トライアル・アンド・エラーではありますが、実験を重ねてさまざまな取り組みをしています。

 歴史的に見て、ITのスピードは一貫して高まっており、AI(人工知能)、ノーコード・ローコードツールなどの登場、そしてそれを支えるクラウドコンピューティングの進化によって、さらにそのスピードは加速しています。これは経営にとって非常に大きなベネフィットです。そのベネフィットをかけ合わせて経営のスピードを上げるには、IT・デジタル部門としても従来の仕事のやり方や発想そのものを抜本的に変えなくてはなりません。

 そのために、現在私がメンバーに伝えていることは、グローバルのデジタル企業で取り入れられている「10Xの発想」に立ち、これをスピードの観点に置き換えて10倍速で実践するということです。成果を出すスピードを10倍にすれば、単にスピードが上がるだけでなく、コストも10分の1になり、グループ全体を支えるITの競争力が大きく高まります。

中山 世の中の変化は加速し、多様化もますます進みます。だからこそ、経営の俊敏性を向上させて変化への対応力を高め、ビジネスを成長させつつコストも最小化するという発想ですね。

樋口 そうです。我々が世の中の変化に合わせて新しい商品やサービスをどんどん提供し、改善を重ねることで、お客様に新たな価値を実感していただけます。お客様にとってもスピードのベネフィットは圧倒的に大きいのです。

中山 10倍速と一言で言っても実現するのはなかなか難しいと思われますが、実際どのように「10X」を実現しているのですか。

樋口 実際10倍速の実現は難しいかもしれませんが、難しいからと諦めるのではなく、どうやったら10倍速になるかという発想の転換を促すことが最も重要です。

 たとえば最近巷で話題になっている生成系AIに関しても、2022年末にチーム内で「使ってみよう」と提案したところ、システム運用の自動化での活用、簡単なプログラミング作成、議事録の作成など、メンバーから競うように活用方法のアイデアが出てきました。従来自分がやっていた作業をAIに任せれば10倍速にできる領域もあり、それをみんなが考えるようになってくれています。

樋口正也
MASAYA HIGUCHI
ベイシアグループソリューションズ 代表取締役社長

 これまでは、業務部門から寄せられたリクエストにIT部門が対応していることが多かったのですが、IT部門からも業務側に能動的に提案していくことにより、従来半年かかっていたアプリ開発が1カ月でできるようになれば、10倍までいかなくても6倍速にはなります。

 こうした発想の転換ができれば、「10X」のチャンスはいろいろなところで生まれます。「10Xは無理」と思った瞬間に思考が停止してしまいますが、「どうやったらできるか」という発想になると、みずから「How」を考え出すようになるからです。ここで生じる伸び代の違いは、ものすごく大きいと考えています。

中山 素晴らしい取り組みですね。一人ひとりが「やらされている」のではなく、10倍速の実現を自分事としてとらえ、従来の仕事のやり方や思考の枠組みを能動的に変えていくような雰囲気がすでにできているようですね。一方で、樋口さんが「10X」と唱えるだけでは、実際はなかなか変わらないと思いますが、変化を促すためにどんな「仕掛け」をされているのでしょうか。

樋口 たとえば、個人目標を設定する際にも、「10X」の目標を出してもらっています。上司とのワン・オン・ワンのミーティングで、「こうやれば10倍にできるんじゃないか」といった議論をしながら、一人ひとりの視座を高めています。

 ここで重要なのは、「10X」の目標が達成できなかったからといって、評価を下げるようなことをしてはいけないということです。そこで当社では、個人評価に基づく業績評価指標(KPI)とは別に達成目標、いわゆるOKR(目標と主要な結果)的なフレームワークで運営しています。狙いはあくまで発想の転換を促すことですから、「10X」の目標を達成できなかったからといって、人事評価に影響は出ず、発想の転換をして挑戦した人材を称賛するようにしています。

中山 人事評価と人事制度も重要なポイントですよね。御社では人事評価に直結する指標と、「発想の転換」を促す目標を明確に分けて、上司がコーチングしながら「挑戦する文化」を醸成し、個々の意識改革を実現していると理解しました。