俊敏性の足かせとなってしまった過去のIT資産からの脱却
中山 IT・デジタル部門として10倍速にどんどんチャレンジしていることは理解できたのですが、日本企業全体を見渡すと、IT予算の8割がシステムの保守や現状維持のために使われ、新規投資に使えるのはわずか2割といわれています。これは単に予算の問題だけではなく、優秀な人材も現状維持に労力を割かなければいけなくなるので、新たなチャレンジをしたくても現実的にリソースが足りないという状況に陥りかねません。このようなジレンマは御社で生じませんでしたか。
樋口 それは多かれ少なかれ、どの企業にもあるでしょうね。実際、現在のシステムを安定して稼働させる必要もありますし、ハードやソフトウェアの保守切れにも対応しなければなりません。過去にその時点で最適と思って構築したシステムでも4〜5年経てば世の中の流れに対して古くなっていきますし、すべてのシステムにはそのジレンマがあります。そこは一朝一夕に変えられるものではなく、刷新するなり、要件を変えるなりして、一つひとつ着実に乗り越えていくしかありません。
中山 過去に構築し、負の遺産と化したレガシーシステムからの脱却には特にこれといった秘策はなく、やはり着実に課題を解決していくしかないのですね。
御社では、いままでどのような刷新プロジェクトを実施し、ITのモダナイズを図ってきたのか、具体的な事例を教えてもらえますでしょうか。

HIROYUKI NAKAYAMA
PwCコンサルティング 上席執行役員 パートナー
樋口 ベイシアグループの一部では、メインフレーム上でグループの基幹システムが稼働していました。グループ各社とDXを進める中で、レガシーシステムのままの基幹系が足かせになってはいけませんし、何よりCOBOLエンジニアの不足やメインフレームの保守切れで、万が一基幹系システムが動かなくなれば、グループ全体で1兆円の発注が止まり、我々のビジネスも身動きが取れなくなります。
そこで、メインフレーム上でCOBOL言語により構築されていたグループの基幹系システムを、3年かけてJavaに書き換えてオープン系のサーバー上に移行し、モダナイズすることができました。その道のりは決して平坦ではなく、多くの時間と労力、予算がかかりましたが、1兆円規模のグループ全体の発注が止まるようなリスクは軽減することができました。
中山 メインフレームの刷新については、多くの企業が対応しなければならないと認識しているものの、難度が高くなかなか踏み切れずにいます。そのような中、御社ではなぜメインフレームの刷新に踏み切れたのでしょうか。
樋口 それはビジネスとして対応する必要があったからです。どんなに難度が高くても先送りせず、ビジネス上の必要性が高ければやらざるをえません。レガシーシステムは規模が大きいですから、刷新による効果も大きく、結果として「10X」を実現できる基盤を構築したといえるかもしれません。
過去に構築したシステムはまだまだありますので、ビジネスの必要に応じて適宜モダナイズを図っていく予定です。
中山 今後、既存システムをモダナイズしていくうえで、重要なテーマとしてどのような取り組みをお考えですか。
樋口 クラウドの活用が1つのポイントだと考えています。クラウドを活用すれば瞬時にITリソースを調達できますし、不要になればすぐに破棄することもできるので、「10X」を実現するには不可欠な存在です。クラウドは日々進歩しており、運用の自動化を支援するサービスも進化していますので、上手にクラウドを活用すれば保守切れ対応への労力も大幅に軽減できます。これによって現状維持にかかる予算と工数を大幅に削減することが可能になり、より新しい挑戦に予算と工数を割けるようになります。つまり、「10X」の実現にさらに近づけるということです。