
新型コロナウイルス感染症の拡大や地政学リスクの高まりなど、企業を取り巻く環境が激しく変化する中、経営の俊敏性が成長には欠かせない要素となっている。その中で注目を集めているのが、過去20年で売上高を2倍以上に伸ばしたベイシアグループだ。DX(デジタル・トランスフォーメーション)の先進事例として各方面から高い評価を受けているベイシアグループソリューションズでデジタル・ITを統括する樋口正也氏との議論から、PwCコンサルティングの中山裕之氏が経営とITの進化のスピードを同調させるためのポイントを4つにまとめた。
ITを経営のど真ん中に。その原点となったベイシアグループの「IT小売業宣言」
中山 2020年以降のわずか3年で、新型コロナウイルス感染症の拡大や地政学リスクの高まり、資源価格の高騰、金融システムの不安など予期せぬ事態が相次いでいます。こうした荒波を乗り越えるには経営のスピード、アジリティ(俊敏性)の向上が欠かせませんが、その前提となるITをきちんと経営に組み込めている企業が日本国内にどれだけ存在するでしょうか。
ITは日進月歩で進化しているため、情報のキャッチアップが欠かせません。単なるシステム投資ととらえてIT部門に任せっ切りにしていては時代遅れになるほか、せっかくのシステムも組織に浸透しないでしょう。
また、過去から受け継がれているレガシーと呼ばれる古いシステムが残っていると柔軟性が損なわれ、運用と現状維持に多くのリソースと予算を割くことになります。本来は経営のスピードを向上させるためのITが、むしろ経営の足かせになっている企業も少なくないのではないかという危機感を抱いています。
こうした中、ベイシアグループはITを経営の軸に据えた改革に取り組むことなどで着実に成長し、新型コロナウイルスが猛威を振るった2021年2月期には売上高1兆円を達成しました。どのように「経営×IT」を実践し、経営のアジリティを高めることができたのか。31社から成るグループのIT領域を横断的にサポートするベイシアグループソリューションズの樋口さんに、取り組みをお伺いしたいと思います。
まずベイシアグループの経営におけるITの位置付けと、経営陣の期待値についてお聞かせください。
樋口 ベイシアグループの大きな特徴の一つが、経営とITの一体化だといえます。その端緒となったのが、グループのトップである土屋裕雅(カインズ代表取締役会長兼ベイシア代表取締役会長)が、2018年にカインズで行った「IT小売業宣言」です。ベイシアグループの成長の軌跡である3つのステップにも含まれているので、少し振り返らせてください。
まず、第1ステップが分社化でした。当グループはスーパーのベイシア、ホームセンターのカインズ、作業服・アウトドア・スポーツウェア専門店のワークマンなど31社で構成され、総売上高は1兆円を超えています。個性を尖らせる「ハリネズミ経営」という戦略によって、グループ各社が独立して強みを伸ばしてきました。
第2ステップが、製造小売業(SPA)化を目指したカインズの2007年の「SPA宣言」です。強い小売業はみずから商品を企画・開発・販売することで差異化を図ると同時に、利益率を高めています。当グループ全体でも各社がプライベートブランド(PB)商品の比率を上げ、競争優位性を磨いてきました。
そして第3ステップが、先ほど述べた「IT小売業宣言」です。ITを経営の中心に据えてさらなる成長を図るため、2018年に土屋がカインズ社員の前で発表しました。この宣言を起点としてグループの経営層から現場の社員に至るまで、ITが自分事化され、全社でITの活用が意識されていきました。
中山 2018年というと経済産業省が「DXレポート」を発表し、多くの経営者がDXへの関心を高め、各社でDXの取り組みが開始されたタイミングですね。しかし、DXが思うように進展していない企業は、いまだに少なくないように見受けられます。
その中で、着実に「経営×IT」による変革を実現した御社の事例から見てみても、トップみずからの決意とリーダーシップが重要であると再認識しました。トップ自身がそのような決断を下した背景には何があったのでしょうか。
樋口 私が入社する前のことですが、巨大テック企業が急成長を遂げ、また小売業界を席巻していることに、土屋は大きな脅威を感じていたそうです。そこでみずから情報収集するために、2017年にとあるクラウドベンダーが主催する米国のグローバルカンファレンスに参加しました。
そのカンファレンスでは、さまざま企業がクラウドを活用したDXの事例を発表しており、小売業の世界が急速に変わりつつあることを土屋は実感したそうです。また、小売業界の幹部を集めたセッションに参加したところ、欧米の先進企業が社内にエンジニアチームを抱え、経営課題をものすごいスピードで解決している実態を目の当たりにし、「このままではどんどん引き離されてしまう」と危機感を強めたといいます。
中山 米国ではちょうどその頃、クラウドを活用した多くのデジタル系スタートアップが、ユニコーン企業(時価総額10億ドル以上の未上場企業)へと成長しました。またエンタープライズ企業(大手企業)でもクラウドの進化によりITの内製化が一気に進んで、デジタル化が加速しました。トップみずからが現地に足を運ぶことによって、このような変化を肌で感じて危機感を覚えるとともに、新たなビジネスチャンスを見出したのですね。