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ある企業の本社社長は、高層ビル内の自分のオフィスの窓をじっと見つめていた。この社長は、怒りと困惑とで、額に深いしわをよせていた。彼の当惑を如実に示すように、彼の指はイスのひじかけ部分を猛烈なスピードでたたいていた。そのオフィスにいる他の重役たちは、この社長が次に何をいうか、じっと待っていた。重役たちはすでに自分たちの意見をすべて申し述べたあとであった。重役たちは彼らなりに、いま問題になっている案件については、すでにはっきりした結論を出していた。
この会社の主要な事業部の副社長であるダーレル・サンドストロームが、問題の主であった。サンドストロームは、彼と同年配の社員のほとんどがまだやっと中堅管理者層の下位にとどまっているのをしり目に、すでに事業部の副社長の地位にまで昇進をとげており、きわめて優秀な若手管理者のひとりに数えられていた。彼の同僚は彼を評して次のような発言をしている。「なるほど彼は頭がきれる。しかし彼のやった仕事の結果をよく観察すべきだ。彼の通過していったところには、必ず何か問題が残っている」――。この発言に、彼に伴う問題がすべて要約されている。
サンドストロームが、現在の地位に至るまでに、すぐれた業績をあげ続けてきたことには疑問の余地はなかった。彼と同年配の社員たちは、彼との昇進競争では、かなりの距離をあけられていた。また彼は、独力で問題を解決してゆく人材として評価が高かった。例えば、彼に不振事業部の立て直しといった困難な仕事を与えると、まわりの人間が一体何が起こっているのか理解できずにいるうちに、すばやくその不振事業部を立て直してしまうような能力を持っていた。彼はすばやく全責任を自分で負い、問題の核心を即座につかみ、その問題を解決してゆくための行動計画を立て、本社の官僚主義をものともせずに突破し、そして成果があがるように組織を変革してゆくことができる経営者のタイプであった。これらの才能は、すべてすばらしいものである。しかし不幸なことに、こんな彼も大きな問題を抱えていたのである。
サンドストロームは、同僚との討議やミーティングの場面では、相手を突きさすような質問を浴びせたり、しんらつな批判を平気で行なった。また、彼が同僚の発言をくだらないと判断すると、それを明らさまに無視する態度に出たので、同僚たちは彼の前で自分の考えを発表することに恐れを抱くほどになっていた。また多くの会議の場では、彼の議論がきわめて強力であり、しかも発表力に優れていたから、いきおい彼が会議を引っぱっていってしまうことが多かった。ただし、会議で出た結論を実施に移してゆくことに責任を持つべき同僚たちが、その結論をそのまま実施に移してゆくことをきらう傾向も、一方に生じていた。
彼が上司と会議を持つ場合でも、彼の発する質問はいつも的を射ていたし、彼の出す結論も正しかった。さらに彼の洞察力は問題の分析に、つねに効果的であった。しかしときに上役をひどく怒らせてしまうこともあった。というのは、上役が彼に対して発する質問や意見が若干、的外れであったり、幼稚すぎると、彼は上役の前ですら、いらいらした態度を示したからであった。サンドストロームは知的側面でいじわるな入物であり、妥協ということをいっさいきらっていたので、もし同僚のうちに彼の議論を理解できないような人物がいると、こんな人物はまったく相手にしなかった。
彼の部下からも不満がどんどん出てきていた。部下の一部は、彼の統制的態度にへきえきしていた。部下は彼からの雷を恐れていたから、会議においても、発言しても安全と思われることがらしか発言しなくなっていた。部下は、まあまあの出来の仕事をやっても彼が評価してくれるはずがないと分かっていたから、彼らとしても、つねに完ぺきの仕事をめざすようになっていた。ときたま彼が部下に対して、「よくやった」と評価を下すこともあった。部下としても、いちおう彼にほめられたという実感は持てても、一方で部下の多くは、彼の発言した内容の裏に何か外の意味があるのではないか、と疑心暗鬼にかられることが多かった。