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数年前から社会保障制度の深刻な財政問題が広く社会の注目を浴びるようになった。入口構造が変化しているため、年金を一定水準で維持していくには、今後ますます膨大な資金が必要になってくる。しかも現行法では年金支給額が物価スライド方式で自動的に伸びるよう明記されているので、もしこの伸びを抑えるために何らかの手を打たなければ、社会保険料率は増加の一途をたどり、25年後には20%を超えるに違いない。
しかしながら、この財政問題がいかに重要であろうとも、これは社会保障制度のわが国経済に与える影響という問題には及ばない。しかもこの影響はほとんど無視されてきたのである。経済に携わる者も政治に携わる者も、総じて社会保障制度をもって金はかかるが慈愛あふるる所得移転制度とみなし、税負担を高めはするが、経済に対して実質的な影響を与えるような制度ではないと考えている。
しかしこの見方は間違っている。社会保障制度は経済に実質的な影響を与えているのである。しかもこの影響は老齢遺族保険(OASI)制度の創設に加わったいわゆる専門家たちすらも、まったく意図せず、期待せず、また思いもよらなかったことである。
最大の影響は貯蓄率の低下である。まさに社会保障こそはわが国を資本不足の状態に陥れた元凶である。もとより租税優遇措置を設けて貯蓄や投資を促進させれば、たしかに資本形成率を高めることはできる。しかしそれとても、われわれが社会保障に対する依存度を下げることができない限り、きわめて低位にとどまることになろう。
なぜかを説明しよう。中・低所得の労働者は、老齢年金が約束されているので、貯蓄を調整して、減らそうとする。これは具体的には私的年金と社会保障とを合算するという形で行なわれることが多い。つまり私的年金(と、したがってそれへの拠出額)を社会保障年金に反比例させて減らしていくのである。もっと直接的に貯蓄を減らすこともある。つまり労働者は政府の年金を期待して退職後に備えた貯蓄を減らすのである。
わが国の社会保障制度は一種の賦課方式(pay-as-you-go basis)である。政府はその徴収する税金を積み立てることはせず、直ちに年金として支出してしまう。政府はわずか数ヵ月分相当の「小口現金」を保有するにすぎない。他に資産はない。