合衆国において、企業と政府との関係が、しっくりいっていないとみられているのは、なぜだろうか。国の経済的競争力が危機に瀕しているというときに、多くの重要な相互関係が、その関係者に慢性的な不満足を与えているのは理解できないことである。この問題に対して、昔ながらの診断法を適用しても役に立たない。政府をより“ビジネスライク”にしようとする試みは常に失敗しているし、企業のほうをより政府的にしようと望むものなどはいない。レーガン政権の公約は、「連邦政府機関がごっそりなくなれば、問題は解決する」というものである。しかし、これは政府が果たさねばならない厄介な役割に対する責任ある応答というものではなく、単なる反応にすぎない。合衆国における基本的な問題は、業務管理に2つの相異なる方式(システム)を使っていることに起因しているのである。

 1つの方式は、次のような原則にもとづいている。すなわち、管理者は自分の管理下にある資源をもっとも効果的かつ効率的に活用すべきだ、というものである。この場合、組織は、その成果によって評価れる。

 もう1つの方式は、次のような原則にもとづいている。管理者は影響の及ぶ、できるだけ多くの人びとを公平に扱うべきだ、というものである。このタイプの組織を評価する尺度は、手続きの正当性や職員の公的責任の遂行度である。これらの一般的な相違が実際的に重要な結果をもたらしているのである。

 例えば、ウィリアム・ラッケルズハウスの例をとりあげてみよう。彼は1970年11月、ニクソン大統領によって、当時、新設された環境保護庁(EPA)長官に任命された。ところが彼は、この分野では素人であったことから、「何もしなさすぎる」といって、当時、ニクソンのライバルで、上院環境汚染小委員会の議長であったエドモンド・マスキー上院議員に攻撃されたのである。また、下院政府歳出委員会の農業小委員会にEPAの予算を提出したミシシッピー州選出の保守系右派議員、ジェイミー・ホワイテンも彼を脅かした。それにテレビや新聞の批評にも、たえずさらされたのである。ラッケルズハウスの場合、まだ組織の性格を十分つかめず、重要なスタッフのポストがまだ全部うめられていないのにもかかわらず、60日以内にアメリカの自動車産業、農場、州のDDT使用、あるいは大気および水質に関する国家基準などに影響を与えるような地位につけられたのであった。

 ここで、ラッケルズハウスの役所を紛糾させる人たちのなかから1人の男をとり出してみよう。その男とはヘンリー・フォード2世である。彼はフォード自動車会社の取締役会長である。1948年に亡父の親友との間で会社の支配権をめぐる抗争に勝って以来、この会社の経営責任を担っている。フォードの場合、自分の管理下に予算、人事および会社の重要方針設定についての明確な権限をもって、会社が経済的な健全性を維持し続けるように乗用車およびトラックの生産を伸ばすことが、その仕事である。

 ラッケルズハウスとフォードは、ともに管理者である。しかし、彼らの仕事をとりまく状況はまったく異なっており、安易に両者を同じものと考えることはできない。

 まず、フォードにはあって、ラッケルズハウスにはないものがある。それは、金を支配する力、雇用権と解雇権、新聞に身をさらすことから逃れる力、達成可能な範囲に目標を絞りこむ力、研究し、組織づくりを行ない、効果的に行動するのに必要な時間などである。一方、ラッケルズハウスにはあって、フォードにはないものがある。それらは、国家のために政策を提案する権利、都市や企業を俎上にのせて、演説や法的行動によって攻撃する権利、EPAの信頼性と権威を確立するために、企業に短期的なコスト負担を要求する権利などである。ここにみられる相違は表面的なものではない。そこには、まったく異なった別個の管理方式がみられるのである。