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企業経営研究者のよくいうところでは、小規模組織のほうが大組織よりも革新的であるという。しかし、この常識は果たして常に妥当するものであろうか。大企業のなかにも高度に革新的な企業もある。これはなぜだろうか。これらの大企業や、同様に革新的な小企業から得られる教訓は、他の企業がより革新になるうえで役立つだろうか。
本稿は、現在も継続している2年半にわたる世界的規模の研究の最初の成果に基づいて、こうした疑問に答えようとするものである。この調査研究では、評判の高い小規模ベンチャーから、アメリカ、日本、ヨーロッパの大企業、さらにこれらの企業のイノベーションの記録から選び出された実際のプログラムが調査サンプルとして含まれている(下記のカコミ参照)。
研究について
専門家を対象とする質問状と投票により、ヨーロッパ、アメリカ、および日本において研究対象とすべき、数社の際立って革新的な大企業を選定した。これらの企業の売上高は10億ドル以上であり、初期投資が少なくとも数千万ドル、最終的な年間経済的波及効果は数億ドルに達するプログラムを擁している。その経営様式を研究するため、面接調査と二次資料の利用、さらにそれらのクロスチェックを行なった。これらの企業やベンチャーのケースについては、折りにふれて書いてきており、いずれ公刊する予定である。ソニー、インテル、ピルキントン・ブラザーズ、およびホンダに関するケーススタディは、すでに筆者が作成済みである。
ここで注目に値するのは、これらの企業の企業文化の相違よりも、むしろ組織の規模を問わず、また属する国を問わず、革新的企業の間に存在する共通性である。つまり、イノベーションの効果的な管理とは、国籍や事業の規模とは係わりなく、すぐれて共通したものであるようだ。
中小企業が、相対的に不相応なほど多数のイノベーションを生み出しているように見えるのは、いうまでもなく多くの理由がある。まず第1に、イノベーションは蓋然性の条件のもとで発生する。企業は、ある技術成果が果たして達成可能であるか、またそれが果たして市場で成功するか否かを事前には知りえない。成功したひとつの解答の裏には、10から100もの失敗が隠されているものだ。この試行錯誤の膨大な数――その大部分が小規模な企業家によるものである――そのものが、それらのベンチャーのいくつかが生き残る可能性を示唆している。90%から99%にのぼる失敗例は、社会全体に広く分散し、一般の関心にのぼることはほとんどない。
いっぽう大企業は、発明から生まれたひとつの概念を市場に転化しようとすれば、潜在的な失敗のコストを全て自社で引き受けねばならない。このリスクは、他の製品、プロジェクト、雇用、さらにはその企業が支えているコミニティをも危険にさらすという意味で、社会的にも、企業経営の面でも耐え難いものがある。たとえそのイノベーションが成功したとしても、大企業は、既存の事業や顧客ベースを新しい解決法に合わせて転換するなど、新設企業には無縁のコストも考えねばならない。
これとは対照的に、新設企業の場合は、今までの投資基盤を失ったり、また多額の費用をかけて築き上げてきた顧客フランチャイズを修復するといったリスクを考えないですむ。また、異なった方法で物事をうまく進めるうえでの支えとなり、過去の成功を導いた技術に関する知的蓄積や信頼を醸成してきた、企業内部の文化の変容を迫られることもない。労働組合、消費者運動、あるいは政府官僚組織といった組織集団も、大企業とは違って小企業の動きを監視したり、制肘しようとはしない。最後に、新設企業の場合は、従業員のレイオフ、工場閉鎖や時にはコミュニティそのものの崩壊、あるいは長年の相互協力と努力によって築き上げてきた対サプライヤー関係の変更などに伴う心理的な苦痛や経済的コストに直面することがない。大規模な組織では、変化に伴うこうした障害は現実のものであり、重要かつ正当化の必要のあるものである。
社会が大企業に複雑な製品やシステムを期待していることも、リスクをさらに増大させることになる。新型の船舶や機関車、電気通信ネットワーク、宇宙・国防・航空管制・病院医療・大量食糧流通などのためのシステム、あるいは全国規模のコンピュータ相互通信といったものは、大企業のみが開発できる。これらの大規模プロジェクトは、単一製品の導入に比べると、常に一層のリスクを伴う。例えば、10億ドル単位の航空機開発も、その10万にものぼる構成部品のうち安価な部品のひとつに欠陥があるだけで失敗することがある。
このような大規模な新システムに必要な部品を一社ですべて開発し、製作することは、いうまでもなく不可能である。そして、構成部品の設計や製造の決定を行なうさまざまなグループの間の意思疎通は、いつの場合も不完全なものとならざるを得ない。エラーの可能性は複雑性に比例して増大し、一方、決定に対するシステム開発者の制御機能は著しく低下し、その結果、潜在的なエラーに伴うコストとリスクは加速度的に増大する。こうしたことが大規模な組織におけるイノベーションを妨げているのである。しかしながら、適切な経営管理によりこれらの影響を低減することは可能である。