-
Xでシェア
-
Facebookでシェア
-
LINEでシェア
-
LinkedInでシェア
-
記事をクリップ
-
記事を印刷
無断で他人のオフィスに入るのは、たとえ許されていても気がとがめる。長い間会社を休んでいる人のオフィスに一歩踏み入るとき、不安な気持ちで身が引き締まるのを覚える。ましてその部屋の主が、帰らぬ人となったことがはっきりとわかった瞬間、いっそうその感を深くする。
最近までウイッカーシャム・ミルズ(紡織会社)の社長だったデイビッド・ウイッカーシャムのオフィスの幕が開くのを見守っていたときが、まさにそうであった。だがこのときは、私どものほかに、ウイッカーシャム家の8人のメンバーと、1名の客が同席していた。これから始まる臨時株主総会で、重要な役割を演じるために招かれたのだった。総会の目的は、新社長を選出し、会社の今後の方針を決定することにあった。
部屋を見回すと、過去の遺品の数々が目にとまる。一隅には、半世紀も前の経営者が使ったものと思われるロールトップ・デスク(たたみ込みふた付き机)がある。チーク材の大型テーブルの後のハイバック・チェアは、最近までディビッドが座っていたもので、暗黙の敬意を表して空席になっている。壁には4代の社長の肖像が掛かっている。窓外に目を移すと、ノブスコット川と滝、それにウイッカーシャム・ミルズの紡織工場の一角が見える。
キャスト 株主(8名)
・アルフレッド・ウイッカーシャム(故社長の長男)
・ディビッド・ウイッカーシャム Jr.(故社長の次男)
・ベンジャミン・ホール(ウイッカーシャム家の従兄弟)
・チャールス・ホール(ベンジャミンの弟)
・ミセス・サラ・ウイッカーシャム(故社長夫人)
・ミセス・アリス・マーチン(ホール家の叔母)
・サミュエル・ウエーバー(ウイッカーシャムとホール両家の従兄弟)
・ミス・エリザベス・ウエーバー(サミュエルの姉妹)
以上のほかに、臨時株主総会の司会役として、近くの経営管理大の教授、ウイリス B. モーガン博士が出席した。教授は、故人の次男デイビッド Jr.の紹介ならびに歓迎の挨拶を受けて、席を立ち司会を始める。
モーガン教授 このたびは臨時株主総会にお招きをいただき、お役に立つ機会を得ましたことを誠にうれしく思います。デイビッドは私の教え子でして、貴社の歴史と現在当面しておられる諸問題について、ある程度のことを打ち開けられました。が、ここではっきり申し上げておきますが、本日、私がこの会に出席しましたのは、紡織業の専門家としてではなく、新社長選出の司会役を務めさせていただくためだということです。
みなさま方は、ウイッカーシャム・ミルズの将来の経営方針を決めるために集まられ、貴社の主な株主、チャールス、ベンジャミン、アルフレッド、デイビッドの4氏は、この基本問題について各自意見を述べられる。そしてそのなかから、先般亡くなられた立派な経営者の後任として、本日新社長を選ぶという困難なタスクを、果たされるわけです。
そこで、諸君には自己の経営理念を、できるだけ率直に述べるよう、とくにお願いしたいと思います。つまり、ウイッカーシャム・ミルズは、何のためにビジネスを営んでいるのか。あなたが社長であったら、何を会社の目標とするのか、という点です。株主各位は、先祖伝来の資産の保護をほとんど一手に担う人物が、どのような目標に向かって会社を経営していくのか、当然知る権利があります。
しかし、討論に入る前に、貴社の歴史と代々の経営者について、私が知っていることを振りかえって、簡単にお語しするのがよいかと思います。重要な事実で、なにか申し忘れたことがありましたら、どうぞ補足してください。
ミセス・サラ・ウイッカーシャム 先生、もっと大きな声で話していただけないでしょうか(と応援を求めて見回す)、なぜみなさん黙っておられるのでしょう。
モーガン (笑顔で)奥様よろこんで仰せのとおりにします。
さて、私の知るところでは、最初の紡織工場は、1848年ごろに設立され、資本金はボストンの投資家グループが調達したということです。しかし、それが実現できたのは、みなさんが“アルフレッド翁”とよんでおられる、始祖アルフレッド・ウイッカーシャムの創意と努力のおかげなのです。少年のころイギリスのマンチェスターから、この国に渡った彼は、紡織業に魅せられた。そしていつか自分で紡織会社を築き、社主として経営に当たろうと決意した。まず小規模で始めた高級綿織物会社が、南北戦争中に急成長を遂げた。そこで彼はたちまちローンを全額返済し、やがて地域社会ばかりでなく、マサチューセッツ州でも資産家として知られるようになった。1870年に知事に選出されたのを機に、息子ベンジャミンが社長代理となった。しかしアルフレッド翁は、その10年後にこの世を去るまで、常に会社を支えるダイナミックな原動力であったのです。
ここまでのところで、婦人については割愛させていただきましたが、黒板にウイッカーシャム・ミルズの歴史と縁の深い一族の名前と生存年度を記しました。名前の次の数字は普通株の所有率です(以下の系図参照)。