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他人とうまく関係を保って仕事を進めることができる能力は、つねにすぐれた資産といえるだろうか。否である。同僚とのあつれきをたくみに回避することによって、一部の経営管理者は、実際には組織の危機を増大させている。彼らのたくみさこそが実は問題の原因を作っている。この状況に対する説明は、私が「技能をもちながら業績の上がらない状況」と呼ぶ事実から生じている。すなわち、管理者が、手慣れたルーティンの行動を使用しながら(技能)、意図しなかった結果を招いてしまう状況(不適切な業績)をさす。われわれは、管理者たちがお互いに率直に、ストレートに物をいい合っているように見えるときに、この状況が起こってくるのを観察できる。しかし、われわれがあまり明確には観察できないのは、管理者の技能がどうしてそれほど硬直化してしまうのか、そして彼らの組織に対して危機的な副作用をどうして生みだしてしまうのか、という点である。次のような往々にして起こりやすい状況を考えてみよう。
ある中規模の企業で急速に成長を続ける企業の企業家タイプの最高経営責任者は、彼の企業にいる優秀で献身的でハードワーキングな経営幹部を集めてこの企業の新しい戦略プランを作るように要請した。この企業は、年率45%で成長していたが、同時に経営管理上で深刻な問題を抱えはじめていた。そこで、この最高経営責任者は新しい戦略を作り直そうと考えた。彼はその企業をもっと合理的で、場当たりでない組織に編成していきたいと決断していた。彼の診断では、企業は既製品を売ることに熱心なセールス部門の人材と、顧客サービスを充実させようと努力している専門職グループに二分されていた。それぞれのグループはお互いに対し不信を抱いていた。彼としては、グループを問わず全体として、この企業を今後どのように経営していくべきかを決めてもらいたいと希望していた。
彼の直属の幹部たちは、企業としてヴィジョンを作成し、戦略を作っていくことが必要であると賛成していた。そこで彼らは何回かにわたり長時間のミーティングをもった。これらのミーティングは不快なものではなく、だれもほかの人たちを困らせることはしなかった。しかしミーティングとしての合意や決定を導きだすことはできなかった。「われわれは問題点をリストアップすることはできたけれど、何の決定もできなかった」とある副社長が述べている。
「ミーティングを何回もっても結論がでてこないことが続くと、われわれとしてもがっくりくる」とほかの人物が発言している。「もし、われわれレベルががっくりしているとなれば、われわれが何度でも失敗するのを観察し続けている、われわれの部下たちはどんなふうに感じているかはおわかりいただけるだろう」と第三の人物は心配そうに発言している。
以上は、経営トップ層に属す経営幹部で、お互いを尊敬し合い、企業への献身度も高く、しかもヴィジョンや戦略を作ることが最重要であるということに合意している人たちに起こっている。しかし、彼らがミーティングをもっても、彼らの望むヴィジョンや戦略の策定は実現していない。このグループにいったい何が起こっているのか。これらの経営幹部は、ほんとうに望んでいる業績を上げ得ないのだろうか。もしそうだとすれば、それはなぜなのか。
望ましい結果が得られない理由
まず最初に、上記の例にでてくる経営幹部たちは、十分な財務データが整っていないので、すぐれた戦略プランの策定と実施ができないのだと考えた。そこで彼らは財務担当副社長に、必要なデータをとりまとめたうえ、ミーティングに提出してくれるよう依頼した。この副社長から提出されたデータはすばらしいとだれもが認めた。
ところが、この財務担当重役は、筆者に次のように語ってくれた。「真の問題は財務データの不足ではなかった。私がみんなに洪水のようにデータを流しても仕方がない。われわれとして、この企業をどのような企業にしていきたいのかというヴィジョンに欠け、戦略に欠けていたわけである。もしこれが達成されれば、私はいくらでも必要なデータを提出することができる」。これに対してほかの経営幹部たちもしぶしぶ合意せざるをえなかった。
彼らはその後も結論のでないミーティングを何度も開いたのちに、結論のでない第2の理由を導き出した。それは、各個人の性格と、お互いの接触の仕方に問題があるのではないかというものであった。先の最高経営責任者は次のように要約している。「このグループの人物たちは、愛すべき人物たちではあるけれども、それぞれが強い個性をもっている。彼らはお互いに対する競争意識をもち、頭もよく、率直で、しかも企業に対する献身度も高い。しかしみんなが集まると、議論が堂々巡りしはじめる。それぞれ相手に譲ることをせず、少しも妥協しようとしないからだ」。