「地政学的変化」と「技術的パラダイムシフト」という2つの追い風

 まず「地政学的な環境変化」とは何か。従来の半導体のエコシステムでは、製品プロセスは大きく「設計開発」「製造(前工程)」「製造(後工程)」の3段階に分かれていた。設計開発は、米国や少し前までは中国が占めており、ファウンドリーと呼ばれる製造(前工程)は、台湾TSMCの圧勝。そして製造(後工程)は、東南アジアや中国で行うという分業体制が確立されてきた。

 これに地政学的な大変動をもたらしたのが、米中関係の悪化を機に2020年から始まった半導体規制である。最も大きな影響を与えたのは、2022年8月成立のCHIPS法だ。これは、米国政府が国内の半導体投資に500億ドルの助成金を交付する代わりに、今後10年間、中国での半導体製造の新規投資を禁ずるという措置。その後も相次いで、より実効性の高い制限が出されてきた結果、この先、半導体の製造拠点は中国や台湾から、米国そして日本にシフトとしていくと予見できる。

 もう一つの「半導体技術の飛躍的な進化」では、主に(1)微細化技術の変換、(2)後工程の高付加価値化、(3)シリコン以外の新規素材の台頭、(4)半導体設計AIの進化、(5)日本の強い新規技術といった5つの大きな技術変革が予測されている。

 こうした「半導体技術の飛躍的な進化」によって、半導体業界の構造にもたらす変化としては、まずプリント基板に半導体を取りつける従来のセットサービスから後工程までのプロセスの境界がなくなり始める。たとえばセットメーカーが、専用チップを持つ優位性に着目して半導体設計に進出してくるといった変化が起きるだろう。

 逆に、半導体企業が商社やセットメーカーなどの事業領域に進出するというケースもありうる。また微細化が進んでトランジスタ構造そのものが変わっていくと、前工程だけでは実現し切れない機能を後工程で補うため、前工程と後工程の境界もどんどん曖昧になってくる可能性がある。

 このようにバリューチェーンをまたいだ変化が次々に起きてくると、従来のように一社だけで対応することが困難になり、複数の企業による協業・共創関係が強く求められるようになってくるのは自明の理だ。

 児玉氏は「たとえば半導体企業がAIに進出したり、物流や周辺業務でも、デジタル化につれて産業構造が変化したりしていく可能性が大きい」とし、あらゆる動向や変化の可能性を踏まえ、従来の延長線上にない新たな取り組みを探ることが重要と示唆する。

「悲観論」に惑わされず日本の電子デバイス産業の実力を知るべき

 ここまで、日本の半導体業界の現状と今後の方向性について見てきた。ではこの先、日本の半導体企業や組織は地殻変動による変化にどのように取り組んでいけばいいのだろうか。

 一方で、過去の長きにわたる低迷からの復権は、それほど容易ではないという声も少なくない。

産業タイムズ社
代表取締役会長
泉谷渉

 こうした悲観論に対して、日本の潜在的なポテンシャルや可能性を見誤ってはいけないと警鐘を鳴らすのが、40年近くにわたって半導体領域を中心としたメディアで業界の動向を見つめてきた、産業タイムズ社代表取締役会長の泉谷渉氏だ。

 泉谷氏は、今回の「地殻変動」に惑わされて、日本の持つポテンシャルを見逃してはならないと強調する。というのも、現在すでにエレクトロニクスのハードウェア産業は270兆円規模まで成長しており、いまやこの分野が農業や自動車に取って代わる最大の産業であると指摘。さらにその半分近くが、電子デバイス産業だと明かす。

 それを踏まえて泉谷氏は、電子デバイス産業とは、半導体だけでなく一般電子部品や液晶など電子デバイス全体を指すものであるとし、日本の半導体の世界シェアはわずか8%だといわれている現状について「世界の半導体マーケットは75兆円だが一般電子部品のマーケットも35兆円あり、そのうち43%のシェアは日本が握っており、存在感は大きい」と具体的な数値で示した。